三十六計 / 第六套 敗戰計・第卅二計・空城計
虛者虛之,疑中生疑;剛柔之際,奇而復奇。 【按語】虛虛實實,兵無常勢。虛而示虛,諸葛而後,不乏其人。如吐蕃陷瓜州,王君煥死,河西惱懼。以張守圭為瓜州刺史,領餘眾,方復築州城。版干裁立,敵又暴至。略無守御之具。城中相顧失色,莫有鬥志。守圭日:「徒眾我寡,又瘡痍之後,不可以矢石相持,須以權道制之。」乃於城上,置酒作樂,以會將士。敵疑城中有備,不敢攻而退。又如齊祖廷為北徐州刺史,至州,會有陳寇,百姓多反。廷不關城門。守陴者,皆令下城,靜座街巷,禁斷行人雞犬。賊無所見聞,不測所以,或疑人走城空,不設警備。廷復令大叫,鼓噪聒天,賊大驚,頓時走散。
新字:虚者虚之,疑中生疑;剛柔之際,奇而復奇。 【按語】虚虚実実,兵無常勢。虚而示虚,諸葛而後,不乏其人。如吐蕃陥瓜州,王君煥死,河西悩懼。以張守圭為瓜州刺史,領余衆,方復築州城。版干裁立,敵又暴至。略無守御之具。城中相顧失色,莫有鬥志。守圭日:「徒衆我寡,又瘡痍之後,不可以矢石相持,須以権道制之。」乃於城上,置酒作楽,以会将士。敵疑城中有備,不敢攻而退。又如斉祖廷為北徐州刺史,至州,会有陳寇,百姓多反。廷不関城門。守陴者,皆令下城,静座街巷,禁断行人鶏犬。賊無所見聞,不測所以,或疑人走城空,不設警備。廷復令大叫,鼓噪聒天,賊大驚,頓時走散。
書き下し
虚なる者は之を虚にし、疑いの中に疑いを生ず。剛柔の際、奇にして復た奇なり。 【按語】虚虚実実、兵に常勢無し。虚にして虚を示す、諸葛より後、其の人に乏しからず。如えば、吐蕃瓜州を陥し、王君奐死し、河西惶懼す。張守珪を以て瓜州刺史と為し、余衆を領せしめ、方に復た州城を築く。版幹裁かに立てば、敵又た暴かに至る。略ぼ守御の具無し。城中相顧みて色を失い、鬥志有る莫し。守珪曰く、「衆を徒みて我寡く、又た瘡痍の後、矢石を以て相持すべからず、須く権道を以て之を制すべし」と。乃ち城上に於いて、酒を置き楽を作し、以て将士を会す。敵城中に備え有るを疑い、敢えて攻めずして退く。又た如えば、斉の祖珽、北徐州刺史と為り、州に至るに、陳の寇に会い、百姓多く反す。珽、城門を関さず。陴を守る者に、皆城を下らしめ、街巷に静座せしめ、行人・鶏犬を禁断す。賊は見聞する所無く、所以を測らず、或いは人走りて城空しと疑い、警備を設けず。珽復た大いに叫び、鼓噪して天を聒がしむ、賊大いに驚き、頓時に走り散ず。
現代語訳
虚の者はさらに虚を見せて、疑いの中に疑いを生じさせる。剛と柔の間で、奇の上に奇を重ねる。 【按語】虚と実を入れ替えて、兵に決まった形勢はありません。虚であるのに虚を示すという方法は、諸葛亮より後にも、使った人は少なくありません。たとえば、吐蕃が瓜州を陥落させ、王君奐が戦死して、河西は恐れおののきました。張守珪が瓜州の刺史となり、残った兵を率いて、ちょうど城壁を築き直しているところでした。板枠がようやく立ったとき、敵がまた突然やって来ました。守備の備えはほとんどありません。城中の者は互いに見合って顔色を失い、戦う気はありません。守珪は言いました。「敵は多く、我らは少なく、また傷を負った後だ。矢や石で持ちこたえることはできない。臨機応変の方法で制さなければならない」と。そこで城の上に酒を置いて音楽を奏で、将兵を集めて宴を開きました。敵は城中に備えがあると疑い、攻めずに退きました。また、北斉の祖珽が北徐州の刺史となり、州に着いたとき、陳の賊に遭い、民の多くが背きました。祖珽は城門を閉ざしませんでした。城壁を守る者を皆下ろして、街中に静かに座らせ、通行人や鶏、犬の往来も禁じました。賊は何も見聞きできず、理由を測りかね、あるいは人が逃げて城が空だと疑い、警戒を設けませんでした。祖珽はまた大声で叫ばせ、鼓を鳴らして天を揺るがすほどに騒がせたので、賊は大いに驚き、たちまち逃げ散りました。
解説
この章句が説くこと
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