三十六計 / 第二套 敵戰計・第 八 計・暗渡陳倉
示之以動,利其靜而有主,益動而巽。 【按語】奇出於正,無正不能出奇。不明修棧道,則不能暗渡陳倉。昔鄧艾屯白水之北;姜維遙廖化屯白水之南,而結營焉。艾謂諸將曰:「維令卒還,吾軍少,法當來渡,而不作橋,此維使化持我,令不得還。必自東襲取洮城矣。」艾即夜潛軍,徑到洮城。維果來渡。而艾先至,據城,得以不破。此則是姜維不善用暗渡陳倉之計;而鄧艾察知其聲東擊西之謀也。
新字:示之以動,利其静而有主,益動而巽。 【按語】奇出於正,無正不能出奇。不明修棧道,則不能暗渡陳倉。昔鄧艾屯白水之北;姜維遥廖化屯白水之南,而結営焉。艾謂諸将曰:「維令卒還,吾軍少,法当来渡,而不作橋,此維使化持我,令不得還。必自東襲取洮城矣。」艾即夜潜軍,径到洮城。維果来渡。而艾先至,拠城,得以不破。此則是姜維不善用暗渡陳倉之計;而鄧艾察知其声東撃西之謀也。
書き下し
之に示すに動を以てし、其の靜にして主有るに利し、動を益して巽(したが)ふ。 【按語】奇は正より出で、正無くしては奇を出す能はず。明らかに棧道を修めずんば、則ち陳倉に暗渡する能はず。昔、鄧艾は白水の北に屯す。姜維、遙かに廖化をして白水の南に屯せしめ、而して營を結ばしむ。艾、諸將に謂ひて曰く、「維の卒をして還らしむるは、吾が軍少なければ、法として當に來り渡るべくして、橋を作らざるは、此れ維、化をして我を持せしめ、還るを得ざらしむるなり。必ず東より洮城を襲ひ取らん」と。艾即ち夜に軍を潛め、徑ちに洮城に到る。維果たして來り渡る。而れども艾先に至り、城に據り、以て破られざるを得たり。此れ則ち姜維の暗渡陳倉の計を善く用ひざるにして、鄧艾の其の聲東擊西の謀を察知せるなり。
現代語訳
動きを見せて敵の注意を引きつけ、敵がじっと動かず主導権を握っているところへ、さらに動きを加えて従わせる。 【按語】奇策は正攻法から生まれ、正攻法がなければ奇策は出せません。目に見える形で桟道を修理していなければ、陳倉をひそかに渡ることはできません。昔、鄧艾は白水の北に陣を置きました。姜維は遠くから廖化に白水の南に陣を置かせ、陣営を結ばせました。鄧艾は諸将に言いました。「姜維が兵を引き返させたのは、我が軍が少ないので、本来なら川を渡って攻めてくるはずなのに橋を作らないのは、姜維が廖化に我々を引きつけさせて、帰れないようにしているのだ。きっと東から洮城を襲い取るつもりだ」と。鄧艾はすぐに夜のうちに軍をひそかに動かし、まっすぐ洮城に着きました。姜維は果たして川を渡ってきました。しかし鄧艾が先に着いて城に拠り、城は破られずにすみました。これは姜維が暗渡陳倉の計をうまく使えなかったことであり、また鄧艾が姜維の声東撃西の謀を見抜いた例です。
解説
この章句が説くこと
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