三十六計 / 第三套 攻戰計・第十八計・擒賊擒王
摧其堅,奪其魁,以解其體。龍戰於野,其道窮也。 【按語】攻勝則利不勝取。取小遺大,卒之利、將之累、帥之害、攻之虧也。舍勝而不摧堅擒王,是縱虎歸山也。擒王之法,不可圖辨旌旗,而當察其陣中之首動。昔張巡與尹子奇戰,直衝敵營,至子奇麾下,營中大亂,斬賊將五十餘人,殺士卒五千餘人。迎欲射子奇而不識,剡蒿為矢。中者喜謂巡矢盡,走白子奇,乃得其狀,使霽雲射之,中其左目,幾獲之,子奇乃收軍退還。
新字:摧其堅,奪其魁,以解其体。竜戦於野,其道窮也。 【按語】攻勝則利不勝取。取小遺大,卒之利、将之累、帥之害、攻之虧也。舎勝而不摧堅擒王,是縦虎帰山也。擒王之法,不可図弁旌旗,而当察其陣中之首動。昔張巡与尹子奇戦,直衝敵営,至子奇麾下,営中大乱,斬賊将五十余人,殺士卒五千余人。迎欲射子奇而不識,剡蒿為矢。中者喜謂巡矢尽,走白子奇,乃得其状,使霽雲射之,中其左目,幾獲之,子奇乃収軍退還。
書き下し
其の堅を摧き、其の魁を奪ひ、以て其の體を解く。龍、野に戰ふ、其の道窮まるなり。 【按語】攻めて勝てば、則ち利は取るに勝へず。小を取りて大を遺せば、卒の利、將の累、帥の害、攻の虧なり。勝を舍てて堅を摧き王を擒へざるは、是れ虎を縱ちて山に歸すなり。王を擒ふるの法は、旌旗を圖辨すべからずして、當に其の陣中の首の動くを察すべし。昔、張巡、尹子奇と戰ふ。直ちに敵營に衝き、子奇の麾下に至る。營中大いに亂れ、賊將五十餘人を斬り、士卒五千餘人を殺す。迎へて子奇を射んと欲すれども識らず。蒿を剡りて矢と爲す。中る者喜びて巡の矢盡きたりと謂ひ、走りて子奇に白す。乃ち其の狀を得、霽雲をして之を射しむ。其の左目に中り、幾んど之を獲んとす。子奇乃ち軍を收めて退き還る。
現代語訳
敵の堅い部分を砕き、その頭領を奪って、敵の体を解体する。龍が野で戦うのは、その道が窮まっているからである。 【按語】攻めて勝ちを得れば、利益は取りきれないほど多くなります。小さなものを取って大きなものを残せば、兵士の利にはなっても、将の累となり、総帥の害となり、攻撃の損失となります。勝てる機会を捨てて、堅い部分を砕かず敵の王を捕らえないのは、虎を放って山に帰すようなものです。王を捕らえる方法は、旗印で見分けようとせず、陣中で頭が動く様子をよく観察することです。昔、張巡は尹子奇と戦いました。まっすぐ敵の陣営に突入して、子奇の旗本まで至りました。陣中は大いに乱れ、敵の将五十人あまりを斬り、兵士五千人あまりを殺しました。巡は子奇を射ようとしましたが、顔を知りませんでした。そこでヨモギの茎を削って矢にしました。矢に当たった敵兵は、巡の矢が尽きたと喜んで、走って子奇に報告しました。これで子奇の様子がわかり、霽雲に射させました。矢は子奇の左目に当たり、あと少しで捕らえるところでした。子奇はそこで軍を収めて退却しました。
解説
この章句が説くこと
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