三十六計 / 第一套 勝戰計・第二計・圍魏救趙
共敵不如分敵,敵陽不如敵陰。 【按語】治兵如治水,銳者避其鋒,如導疏;弱者塞其虛,如築堰。故當齊救趙時,孫子謂田忌曰:「夫解雜亂糾紛者不控拳,救鬥者,不搏擊,批亢搗虛,形格勢禁,則自為解耳。」
新字:共敵不如分敵,敵陽不如敵陰。 【按語】治兵如治水,鋭者避其鋒,如導疏;弱者塞其虚,如築堰。故当斉救趙時,孫子謂田忌曰:「夫解雑乱糾紛者不控拳,救鬥者,不搏撃,批亢搗虚,形格勢禁,則自為解耳。」
書き下し
敵を共にするは敵を分かつに如かず、敵陽は敵陰に如かず。 【按語】兵を治むること水を治むるが如し。銳き者は其の鋒を避くること、導き疏するが如し。弱き者は其の虚を塞ぐこと、堰を築くが如し。故に齊の趙を救ふに當たりて、孫子田忌に謂ひて曰く、「夫れ雜亂糾紛を解く者は拳を控かず、鬪を救ふ者は搏撃せず、亢を批ち虚を搗き、形格勢禁すれば、則ち自ら解けんのみ」と。
現代語訳
敵と正面から共に戦うよりも、敵を分散させるほうがよく、敵の表だった強みを攻めるよりも、見えにくい弱みを攻めるほうがよい。 【按語】軍を治めるのは、水を治めるのと同じです。勢いの鋭い者に対してはその鋒先を避け、水路を開いて流すようにします。弱い者に対してはその虚(すき)をふさぎ、堰を築くようにします。だから斉が趙を救おうとしたとき、孫子(孫臏)は田忌にこう言いました。「もつれた糸を解く者は、こぶしでつかんで引っぱったりしません。争いを止める者は、殴り合いの中に飛び込みません。急所を突き、手薄なところを衝き、形勢を封じて相手の動きを縛れば、おのずと争いは解けるものです」と。
解説
この章句が説くこと
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史記 孫子呉起列伝其の後、魏、趙を伐ち、趙急なり、救ひを斉に請ふ。斉の威王、孫臏を将とせんと欲す。臏、辞謝して曰く、「刑余の人は不可なり」と。是に於いて乃ち田忌を以て将と為し、孫子を師と為し、輜車の中に居り、坐して計謀を為す。田忌、兵を引きて趙に之かんと欲す。孫子曰く、「夫れ雑乱紛糾を解く者は控棬せず、闘を救ふ者は搏撠せず。亢を批け虚を擣ち、形格り勢い禁ずれば、則ち自ら解くを為さんのみ。今、梁・趙相ひ攻む。軽兵鋭卒は必ず外に竭き、老弱は内に罷せん。君、兵を引きて疾く大梁に走り、其の街路に拠り、其の方に虚なるを衝くに若かず。彼必ず趙を釈てて自ら救はん。是れ我が一挙にして趙の囲みを解きて弊を魏に収むるなり」と。田忌之に従ふ。魏果たして邯鄲を去り、斉と桂陵に戦ひ、大いに梁の軍を破る。
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『長短経』格形魏、趙を伐つ。趙、急に救いを斉に請う。斉の威王、田忌を以て将と為し、孫臏を以て師と為し、輜車の中に居りて計謀を為さしむ。田忌、兵を引きて趙に之かんと欲す。孫子曰く「夫れ雑乱糾紛を解く者は、拳を控かず。闘を救う者は、戟を搏たず。亢を批ち虚を擣き、形格し勢い禁ずれば、則ち自ら解くるを為すのみ。今、梁・趙相攻め、軽兵鋭卒は必ず外に竭き、老弱は内に疲る。君、兵を引きて疾く大梁に走り、其の街路に拠り、其の方に虚なるを衝くに若かず。彼必ず趙を釈きて自ら救わん。是れ我一挙にして趙の囲みを解き、而して魏を弊らすなり」と。田忌之に従う。魏果たして邯鄲を去る。
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『智囊』制勝・孫臏魏は趙を伐ち、趙は急に救いを斉に請う。斉の威王は孫臏を将とせんと欲するも、臏は刑余を以て辞す。乃ち田忌を将とし、孫子を師として、輜車の中に居らしめ、坐して計謀を為さしむ。田忌は兵を引きて趙を救わんと欲す。孫子曰く、「夫れ紛を解く者は拳を控かず、闘いを救う者は撠を搏たず。亢を批し虚を搗き、形格し勢禁ずれば、則ち自ら解くるのみ。今、梁、趙は相攻め、軽兵鋭卒は必ず外に尽き、老弱は内に罷る。君は兵を引きて疾く大梁に走り、その方に虚なるを衝くに若かず。彼は必ず趙を釈てて自ら救わん。これ我は一挙にして趙の困を解き、而して弊を魏に収むるなり。」と。忌はこれに従い、魏は果たして邯鄲を去り、斉と桂陵に戦い、大いに梁の軍を破る。
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