三十六計 / 第三套 攻戰計・第十五計・調虎離山
待天以困之,用人以誘之,往蹇來連。 【按語】兵書曰:「下政攻城」。若攻堅,則自取敗亡矣。敵既得地利,則不可爭其地。且敵有主而勢大:有主,則非利不來趨;勢大,則非天人合用,不能勝。漢末,羌率眾數千,遮虞詡於隊倉崤谷。詡即停軍不進,而宣言上書請兵,須到乃發。羌聞之,乃分抄旁縣。翔因其兵散,日夜進道,兼行百餘里,令軍士各作兩灶,日倍增之,羌不敢逼,遂大破之。兵到乃發者,利誘之也;日夜兼進者,用天時以困之也;倍增其灶者,惑之以人事也。
新字:待天以困之,用人以誘之,往蹇来連。 【按語】兵書曰:「下政攻城」。若攻堅,則自取敗亡矣。敵既得地利,則不可争其地。且敵有主而勢大:有主,則非利不来趨;勢大,則非天人合用,不能勝。漢末,羌率衆数千,遮虞詡於隊倉崤谷。詡即停軍不進,而宣言上書請兵,須到乃発。羌聞之,乃分抄旁県。翔因其兵散,日夜進道,兼行百余里,令軍士各作両灶,日倍增之,羌不敢逼,遂大破之。兵到乃発者,利誘之也;日夜兼進者,用天時以困之也;倍增其灶者,惑之以人事也。
書き下し
天を待ちて以て之を困(くる)しめ、人を用ひて以て之を誘ふ。往けば蹇(なや)み、來れば連なる。 【按語】兵書に曰く、「下政は城を攻む」と。若し堅きを攻むれば、則ち自ら敗亡を取らん。敵既に地利を得れば、則ち其の地を爭ふべからず。且つ敵に主有りて勢大なり。主有れば、則ち利に非ざれば來り趨かず。勢大なれば、則ち天人合用するに非ざれば、勝つ能はず。漢末、羌、衆數千を率ゐ、虞詡を隧倉崤谷に遮る。詡即ち軍を停めて進まず、而して宣言して上書して兵を請ひ、到るを須ちて乃ち發すと。羌之を聞き、乃ち分かれて旁縣を抄す。翔(詡)其の兵の散ずるに因り、日夜道を進み、兼行百餘里、軍士をして各おの兩灶を作らしめ、日に之を倍増す。羌敢へて逼らず、遂に大いに之を破る。兵到るを待ちて乃ち發すとは、利もて之を誘ふなり。日夜兼進とは、天時を用ひて以て之を困しむるなり。其の灶を倍増すとは、人事を以て之を惑はすなり。
現代語訳
天の時を待って敵を疲れさせ、人を用いて敵を誘い出す。そのまま行けば行き悩み、戻ってくれば連なって助けを得る。 【按語】兵書には、「最もまずい政策は城を攻めることである」とあります。もし堅固な所を攻めれば、自ら敗亡を招くでしょう。敵がすでに地の利を得ているなら、その地を争ってはいけません。さらに敵に主導権があり勢いが大きい場合、主導権があるなら、利益がなければ出てきません。勢いが大きいなら、天の時と人の働きを併せ用いなければ勝てません。後漢末、羌族が数千の兵を率いて、虞詡を隧倉の崤谷で阻みました。虞詡はすぐに軍を止めて進まず、朝廷に上書して増援を請い、到着を待って出発する、と公言しました。羌族はこれを聞いて、軍を分けて周辺の県を略奪しに行きました。虞詡は敵の兵が散ったのに乗じて、昼夜を分かたず道を進み、一日に百里あまり進み、兵士たちにそれぞれ二つの竈をつくらせ、日ごとにこれを倍に増やしました。羌族は近づくことができず、ついに大いに打ち破られました。増援の到着を待って出発するというのは、利益で敵を誘うことです。昼夜兼行で進むのは、天の時を用いて敵を疲れさせることです。竈を倍に増やすのは、人の工夫で敵を惑わすことです。
解説
この章句が説くこと
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尉繚子・戰威故に曰く、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」と。聖人の貴ぶ所は、人事のみ。
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