三字経 / 『三字経』四時・四方・五行・五常
曰春夏,曰秋冬,此四時,運不窮; 曰南北,曰西東,此四方,應乎中。 曰水火,木金土,此五行,本乎數; 曰仁義,禮智信,此五常,不容紊。
新字:曰春夏,曰秋冬,此四時,運不窮; 曰南北,曰西東,此四方,応乎中。 曰水火,木金土,此五行,本乎数; 曰仁義,礼智信,此五常,不容紊。
書き下し
曰く春夏、曰く秋冬、此れ四時、運りて窮まらず。 曰く南北、曰く西東、此れ四方、中に応ず。 曰く水火、木金土、此れ五行、数に本づく。 曰く仁義、礼智信、此れ五常、紊るるを容れず。
現代語訳
春と夏、秋と冬、これが四季で、めぐって尽きることがありません。 南と北、西と東、これが四方で、中心に応じて定まります。 水と火、木と金と土、これが五行で、数をもとにしています。 仁・義・礼・智・信、これが五常で、乱すことは許されません。
解説
自然の秩序から人の道徳へと進む節です。四時と四方で時間と空間を押さえ、五行で万物の分類を示し、最後に五常という人の守るべき徳で結びます。自然の規則性と人間の徳目を同じ列に並べるのは、中国古典に広く見られる世界観です。経営に置けば、季節の巡りのように変えられない条件と、自分が守る価値基準を、分けて見る姿勢になります。徳目の五つは、判断に迷うときの点検表としても使えます。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
四時四方五行五常仁義礼智信
関連する章句
-
『五常訓』巻之五・信一仁義礼智の四徳は、春夏秋冬の四時になずらへ、信は土用になずらふ。信なければ四徳たたず。一年の功も、春夏秋冬にてそなはりぬれど、土用によりて、四時行るるが如し。木火金水も、土にあらざれば生せず、天道誠なければ、元亨利貞の四徳たたず。人道も、信なければ、仁義礼智の四徳行はれず。誠ならざれば物なしといへるは、是なり。
-
『五常訓』巻之一・総論一仁義二理あるにあらず。仁の節あるは義なり。仁義の二を以て、礼智を兼ぬ。故に仁をいへば、義は其内にこもる。仁義をいへば、礼智は其内にこもる。仁は礼を兼ね、義は智を兼ぬ。春は夏を兼ね、秋は冬を兼ぬるが如し。夏は春気の長ずるなり。冬は秋気のかくるるなり。仁義を以て礼智を兼ぬるは、礼は仁のあらはるるなり。礼義三百、威儀三千は、皆仁の発せるなり。是仁礼一理なり。智は義のかくれたるなり。義の、善悪をたちわかつ事、利刀の物を断つが如くなるは智の、是非することの明なるより出づ。是義智一理なることを見つべし。仁礼は陽に属し、義智は陰に属す。仁義の二をいへば、春生じ夏長ずるは仁なり。秋収り冬蔵るるは義なり。四徳にわかちていへば、春は仁なり。夏は礼なり。秋は義なり。冬は智なり。
-
『長短経』察相夫れ木は春を主る、生長の行なり。〔春は肝を主り、肝は目を主り、目は仁を主る。生長敷栄する者は、恕恵を施し与うるの意なり。〕火は夏を主る、豊盛の時なり。〔夏は心を主り、心は舌を主り、舌は礼を主る。豊盛殷阜なる者は、富博宏通の義なり。〕金は秋を主る、収蔵の節なり。〔秋は肺を主り、肺は鼻を主り、鼻は義を主る。収蔵聚斂する者は、吝嗇慳鄙の情なり。〕水は冬を主る、万物伏匿の日なり。〔冬は腎を主り、腎は耳を主り、耳は智を主る。伏匿隠蔽する者は、邪諂奸佞の懐なり。〕土は季夏を主る、万物結実の月なり。〔季夏は脾を主り、脾は唇を主り、唇は信を主る。結実堅確なる者は、貞信謹厚の理なり。〕故に曰く、凡そ人の眉目を美とし、指爪を好くする者は、庶幾くは施しを好む人なり。
-
五行大義・第十四論雑配・第五論五常火に滅暗昭明有り、是れその分別践法なり。水に含潤流通有り、是れその了智明叡なり。金に堅剛利刃有り、是れその合義裁断なり。土に持載含容有り、時を以て万物を生ず、是れその附実不欺なり。鄭玄及び『詩緯』の、土を以て智と為す者は、能く万事を了するは、智に過ぐるは莫く、能く万物を生ずるは、土に過ぐるは莫きを以て、故に以て智と為す。水を信と為す者は、水の潮有るは、期に依りて至る、故に水を以て信と為す。此の理は寘(まこと)に証狭く、義に於いて乖くなり。その五経に於けるや、則ち仁は以て易に配し、その位は東方。礼は以て火に配し、その位は南方。義は以て伝に配し、その位は西方。智は以て詩に配し、その位は北方。信は以て尚書に配し、その位は中央。易の東方の仁に配するとは、易は是れ創制の書、万有を包括し、変易の義有り。東方は四時の始め、仁化能く生ず。易は故きを就(さ)りて新しきに就く。又帝は震に出で、始めて八卦を作る、故に以て仁に配す。礼の南方に配するとは、礼は能く上下の法を斉え、貴賤の差を別つ。君臣父子、礼を以てこれを節せざるは莫し。火の能く五味を成就し、万物を明照するが如し、故に南方を以て礼に配す。伝の西方の義に配するとは、『春秋』は是れ魯の史、得失を褒貶す。是の時、王道既に衰え、諸侯力争し、戦伐の事、これを書せざるは靡し。義に合う者は褒め、徳を失う者は貶す。金の義を以て断じ、万物を裁制するが如し、故に以て義に配す。詩の北方の智に配するとは、詩はその志を言い、以て風刺を為し、陰微の辞有り。人情を和潤し、鬼神を動かし、天地を感ぜしむ。善悪の事を以て、声楽に吟詠し、聞く者をして行いに益有らしめ、作る者をして身に咎無からしむ。水の潜流して、潤さざる所無きが如し、故に智を以て配す。尚書の中央の信に配するとは、此れは是れ上古の書なり。
-
五行大義・第十四論雑配・第五論五常五常とは、仁・義・礼・智・信なり。これを行うこと終久にして、恒に闕くべからず、故に名づけて常と為す。亦五徳と云う。此れを以て常に行えば、能くその徳を成す、故に五徳と云う。而して此の五徳は、五行に配す。鄭玄、『礼記』中庸篇に注して云う、木神は則ち仁、金神は則ち義、火神は則ち礼、水神は則ち信、土神は則ち智、と。『詩緯』等の説も亦同じ。毛公の伝の説及び京房(けいぼう)等の説は、皆土を以て信と為し、水を智と為す。『漢書』天文志に云う、歳星は人に於いて、五常は仁なり、五事は貌なり。仁虧(か)け貌失すれば、春令に逆らい、木気を傷り、罰は歳星に見(あらわ)る。熒惑(けいこく)は人に於いて、五常は礼なり、五事は視なり。礼虧け視失すれば、夏令に逆らい、火気を傷り、罰は熒惑に見る。太白は人に於いて、五常は義なり、五事は言なり。義虧け言失すれば、秋令に逆らい、金気を傷り、罰は太白に見る。辰星は人に於いて、五常は智なり、五事は聴なり。智虧け聴失すれば、冬令に逆らい、水気を傷り、罰は辰星に見る。鎮星は人に於いて、五常は信なり、五事は思なり。仁義礼智は、信を以て主と為し、貌言視聴は、思を以て正と為す。四事皆失すれば、鎮星乃ちこれが為に動く、と。按ずるに毛公及び京房・漢史は、皆土を以て信と為す。その当を謂うべし。然る所以の者は、夫れ五常の義は、仁は惻隠を以て体と為し、博施を以て用と為す。礼は分別を以て体と為し、践法を以て用と為す。智は了智を以て体と為し、明叡を以て用と為す。義は合義を以て体と為し、裁断を以て用と為す。信は不欺を以て体と為し、附実を以て用と為す。その五行に於けるや、則ち木に覆冒滋繁有り、是れその惻隠博施なり。
-
『五常訓』巻之一・総論一人心の徳は、本唯仁の一理なり、又分れて、仁義礼智となる。又信を加へて五常とす。たとへば一年は唯一気のめぐりなり。二にわかてば陰陽となる。春夏は陽なり。秋冬は陰なり。陰陽を、又わかてば、春夏秋冬の四時となり、土用を加へて五気となるが如し。一日の内をも、二にわかてば昼夜となり、又わかてば朝昼暮夜の四となるが如し。