三字経 / 『三字経』孟母と竇燕山の教え方
昔孟母,擇鄰處,子不學,斷機杼; 竇燕山,有義方,教五子,名俱揚。
新字:昔孟母,択鄰処,子不学,断機杼; 竇燕山,有義方,教五子,名倶揚。
書き下し
昔、孟母、鄰を択びて処り、子学ばざれば、機杼を断つ。 竇燕山、義方有り、五子を教え、名倶に揚がる。
現代語訳
昔、孟子の母は、子のためによい隣近所を選んで住まいを移し、子が学問を怠ると、織りかけの機の糸を断ち切って戒めました。 竇燕山には正しい教育の方法があり、五人の子を教えて、みな名を世に揚げました。
解説
孟母三遷と断機の故事です。孟子の母が環境を選び、学びを途中でやめる危うさを織物にたとえて示したと伝わります。竇燕山は五代の人で、五人の子がそろって世に出たと伝えられます。いずれも親の側の育て方に焦点があり、子の素質を嘆いていません。会社に置き換えると、人が育たない原因をまず環境と教え方に求める姿勢です。配属先、上司、日々の言葉づかいが人をつくると考えれば、育成の責任の置きどころが変わってきます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
孟母択鄰断機竇燕山義方環境
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