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柳子新論抄録 / 松宮俊仍の返書・松宮俊仍の返書に見る慎重な応答

嚮醫橫地生袖一小冊。來示曰。是 足下書庫之所藏也。僕受而卒業。有所感發。少加愚評卷末繫一語。以示醫生。不料瀆 電矚。特辱翰 敎。披緘懷慕。慺々以僕爲足可討論。而見質 高見。病拙何敢當其望。第蒙不見鄙。敢不拜德。因再顧新論。作者晦乎其名。故愚潛嘆其不失君子衛身之誠。而今 足下欲直與僕論當世之事。戻前修之用心。而有似犯居是邦不非大夫之禮者。何也。僕嘗聞。昔者有燔書坑儒焉。雖是固出於秦之苛政李斯之剛愎。然儒者誇己才能。漫鼓唇吻。以議朝政之所匿也耳。近日京師神學家竹內某。以失言之罪被逐。亦其類也。是以愚不敢全置對。假令被婉曲爲說之誚。亦追夫子禮於魯之躅。則所不敢辭也。但爲承勿所隱之懇。故不得已一二不與時政者。粗述愚見。以應來命。如左。原夫本邦君臣之定分猶天地之不可易也。人々尊 皇胤之心。各具其性。故其勢鷹揚。龍飛得掌握海內者。不敢朶頤神器。是以開闢來至于今日。 大卿嫌々炫燿於四夷。何謂皇統如綫乎。如夫西域。雖聖王布德。而子孫不能永世有其位矣。性具之俗風。有所不同也。是漢人之所不知焉耳。但時勢之不齊。聖君不世出。人材亦難獲。粃政來災。王綱解紐。四分五裂。蜂起鼎沸。王人不知武。不能統一之。威權漸移。武將自然得之已。而文官大妬士氣之盛。欲貶武威以復舊。而不自知量。謀破身死。而致 天子巡狩之變。

新字:嚮医横地生袖一小冊。来示曰。是 足下書庫之所蔵也。僕受而卒業。有所感発。少加愚評巻末繋一語。以示医生。不料瀆 電矚。特辱翰 教。披緘懐慕。慺々以僕為足可討論。而見質 高見。病拙何敢当其望。第蒙不見鄙。敢不拝徳。因再顧新論。作者晦乎其名。故愚潜嘆其不失君子衛身之誠。而今 足下欲直与僕論当世之事。戻前修之用心。而有似犯居是邦不非大夫之礼者。何也。僕嘗聞。昔者有燔書坑儒焉。雖是固出於秦之苛政李斯之剛愎。然儒者誇己才能。漫鼓唇吻。以議朝政之所匿也耳。近日京師神学家竹内某。以失言之罪被逐。亦其類也。是以愚不敢全置対。仮令被婉曲為説之誚。亦追夫子礼於魯之躅。則所不敢辞也。但為承勿所隠之懇。故不得已一二不与時政者。粗述愚見。以応来命。如左。原夫本邦君臣之定分猶天地之不可易也。人々尊 皇胤之心。各具其性。故其勢鷹揚。竜飛得掌握海内者。不敢朶頤神器。是以開闢来至于今日。 大卿嫌々炫燿於四夷。何謂皇統如綫乎。如夫西域。雖聖王布徳。而子孫不能永世有其位矣。性具之俗風。有所不同也。是漢人之所不知焉耳。但時勢之不斉。聖君不世出。人材亦難獲。粃政来災。王綱解紐。四分五裂。蜂起鼎沸。王人不知武。不能統一之。威権漸移。武将自然得之已。而文官大妬士気之盛。欲貶武威以復旧。而不自知量。謀破身死。而致 天子巡狩之変。

書き下し

嚮に醫の橫地生、一小冊を袖にして、來示して曰く、是れ足下の書庫の藏する所なりと。僕受けて卒業し、感發する所有り。少しく愚評を加へ、卷末に一語を繫けて、以て醫生に示す。料らざりき電矚を瀆し、特に翰敎を辱くせんとは。緘を披きて懷慕す。慺々として僕を以て討論するに足ると爲し、而して高見を質さる。病拙何ぞ敢へて其の望みに當たらん。第だ鄙を見ざるを蒙れば、敢へて德を拜せざらんや。因りて再び新論を顧みるに、作者は其の名を晦ます。故に愚は潛かに其の君子衛身の誠を失はざるを嘆ず。而して今足下は直ちに僕と當世の事を論ぜんと欲す。前修の用心に戾り、居是邦不非大夫の禮を犯すに似たる者有るは、何ぞや。僕嘗て聞く、昔、燔書坑儒有り。是れ固より秦の苛政、李斯の剛愎に出づと雖も、儒者の己の才能を誇り、漫りに唇吻を鼓し、以て朝政の匿す所を議するを以てのみ。近日、京師の神學家竹內某、失言の罪を以て逐はる。亦其の類なり。是を以て愚は敢へて全く對を置かず。假令ひ婉曲の說を爲すの誚りを被るも、亦夫子の魯に禮ありし躅を追へば、則ち辭せざる所なり。但だ隱す所なきの懇ろを承くるが爲に、已むを得ず一二の時政に與らざる者を、粗ぼ愚見を述べて以て來命に應ず。左の如し。原ぬるに夫れ本邦の君臣の定分は、猶ほ天地の易ふべからざるがごとし。人々皇胤を尊ぶの心、各おの其の性に具はる。故に其の勢ひ鷹揚、龍飛して海內を掌握するを得る者も、敢へて神器に朶頤せず。是を以て開闢より今日に至るまで、大卿嫌々として四夷に炫燿す。何ぞ皇統線の如しと謂はんや。夫の西域の如きは、聖王德を布くと雖も、子孫は永世に其の位を有つこと能はず。性具の俗風、同じからざる所有るなり。是れ漢人の知らざる所のみ。但だ時勢の齊しからず、聖君は世に出でず、人材も亦獲難し。粃政來災し、王綱解紐し、四分五裂して蜂起鼎沸す。王人は武を知らず、之を統一する能はず。威權漸く移り、武將自然に之を得るのみ。而して文官は大いに士氣の盛んなるを妬み、武威を貶めて以て舊に復せんと欲す。而して自ら量を知らず、謀り破れ身死して、天子巡狩の變を致す。

現代語訳

先ごろ、医者の横地生が一冊の小冊子を袖にして来られ、これはあなたの書庫に蔵されているものだと示されました。私は受け取って読み終え、感じるところがありました。少しばかり愚評を加え、巻末に一言記して、医者殿にお見せしました。お目に触れてしまい、特別なお手紙をいただくとは思いませんでした。封を開いて、お慕いする気持ちが湧きました。丁寧に、私を討論するに足る者と見なして、お考えを問われましたが、拙い私がその期待に応えられましょうか。ただ、卑しいとせずにいただいたことを、ありがたく思います。そこで再び『新論』を見直すと、作者はその名を隠しています。ですから私はひそかに、その作者が君子として身を守る戒めを失っていないことを称えています。ところが今、あなたは私とただちに当世の事を論じたいと言われます。先人の用心に背き、「その国に居て大夫を非難しない」礼を犯すように見えるのは、どうしたことでしょうか。私はかつて聞きました。昔、書を焼き儒者を埋める事件がありました。これは秦の苛政と李斯の強情から出たことですが、儒者が自分の才能を誇り、むやみに口を動かして、朝政の隠していることを論じたためでもあります。近ごろ、京都の神道学者の竹内某(竹内式部)が失言の罪で追放されたのも、同類の例です。そのため私は、全く返答しないでおくわけにはいきません。たとえ婉曲に説いているとそしられても、孔子が魯で礼を守った足跡に従うなら、辞するところではありません。ただ、隠すところなく率直にとの懇ろな求めを承けましたので、やむを得ず、時の政治に関わらない一、二の点について、おおよその愚見を述べて、お求めに応えます。以下のとおりです。思うに、わが国の君臣の定めた分は、天地が変えられないようなものです。人々が皇胤を尊ぶ心は、それぞれの性に備わっています。ですから、その勢いが鷹が舞い龍が飛ぶようで、国内を掌握できる者であっても、神器をうかがうことはありません。それゆえ開闢から今日まで、大いなる朝廷は、盛んに諸外国に輝いてきました。どうして皇統が糸のように細いなどと言えましょう。西域のような地では、聖王が徳を布いても、子孫は永くその位を保てません。生まれつき備わる風俗が、同じではないのです。これは漢人の知らないことにすぎません。ただ時勢が均しくなく、聖君は世に出ず、人材も得がたくなります。悪政が災いを呼び、王の綱紀はゆるみ、四分五裂して諸方で蜂起し沸き立ちました。王の側の人は武を知らず、これを統一できませんでした。威権は次第に移り、武将が自然にこれを得たにすぎません。ところが文官は、士気の盛んなことを大いに妬み、武の威を貶めて旧に復そうとしました。しかし自分の力量を知らず、謀りごとが破れて身は死に、天子が地方へ巡幸するという変事を招きました。

解説

松宮俊仍の返書の前半です。相手の書簡に対して直ちに時政を論じることは身を危うくするとして警戒し、秦の焚書坑儒や京都の事件を例に慎重な姿勢を示したうえで、限られた範囲で自分の見解を述べています。竹内式部の追放は宝暦事件の文脈で語られる事柄ですが、詳細までは断定しません。現代の実践としては、重い指摘や諫言を受けたとき、リスクを見極めながら誠意をもって応答する態度や、相手の依頼に答える際の範囲の線引きが参考になります。

この章句が説くこと

柳子新論抄録山県大貳松宮俊仍返書慎重リスク管理

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