韓非子 / 存韓第二
凶器也。」不可不審用也。
書き下し
凶器なり」と。審らかに用ゐざる可からざる也。
現代語訳
(兵とは)凶器である」と。慎重に見極めて用いなければならないのである。
解説
前の句の「故に曰く、兵者」を受けて、兵は凶器であり、慎重に用いなければならないと結ぶ一節です。旧稿は「故曰、兵、凶器也」とつなげていましたが、底本では「兵者」までが前の単位にあり、ここは「凶器也」から始まります。兵を凶器とする言い方は『老子』などにも見え、戦国時代に広く共有された考えでした。韓非は法家として戦争を否定したわけではありませんが、無用な戦いで国力を削ることを戒め、韓を攻める愚を説く根拠にしています。事業でも、強い手段ほど副作用が大きく、使いどころを誤ると自らを傷つけます。力を持つ者ほど慎重さが求められるのです。
この章句が説くこと
兵リスク管理凶器意思決定慎重組織変革
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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