留魂録 / 第八条
一、今日死ヲ決スルノ安心ハ四時ノ順環ニ於テ得ル所アリ、蓋シ彼禾稼ヲ見ルニ春種シ、夏苗シ、秋苅、冬藏ス、秋冬ニ至レハ人皆其歲功ノ成ルヲ悅ヒ、酒ヲ造リ醴ヲ為リ、村野歡声アリ、未タ曾テ西成ニ臨テ歲功ノ終ルヲ哀シモノヲ聞カズ、吾行年三十、一事成ルコトナクシテ死シテ禾稼ノ未タ秀デズ実ラサルニ似タレハ、惜シムヘキニ似タリ、然トモ義卿ノ身ヲ以テ云ヘハ是亦秀実ノ時ナリ、何ソ必シモ哀シマン、
新字:一、今日死ヲ決スルノ安心ハ四時ノ順環ニ於テ得ル所アリ、蓋シ彼禾稼ヲ見ルニ春種シ、夏苗シ、秋苅、冬蔵ス、秋冬ニ至レハ人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ、酒ヲ造リ醴ヲ為リ、村野歓声アリ、未タ曽テ西成ニ臨テ歳功ノ終ルヲ哀シモノヲ聞カズ、吾行年三十、一事成ルコトナクシテ死シテ禾稼ノ未タ秀デズ実ラサルニ似タレハ、惜シムヘキニ似タリ、然トモ義卿ノ身ヲ以テ云ヘハ是亦秀実ノ時ナリ、何ソ必シモ哀シマン、
書き下し
一、今日死を決するの安心は、四時の順環に於て得る所あり。蓋し彼の禾稼を見るに、春種し、夏苗し、秋苅り、冬蔵す。秋冬に至れば人皆其の歳功の成るを悦び、酒を造り醴を為り、村野歓声あり。未だ曾て西成に臨みて歳功の終るを哀しむものを聞かず。吾行年三十、一事成ることなくして死して、禾稼の未だ秀でず実らざるに似たれば、惜しむべきに似たり。然れども義卿の身を以て云へば、是れ亦秀実の時なり、何ぞ必ずしも哀しまん。
現代語訳
今日、死を覚悟して心が安らかなのは、四季のめぐりから得たものがあるからである。思うに、あの穀物を見ると、春に種をまき、夏に苗を育て、秋に刈り取り、冬に蔵に納める。秋や冬になれば、人はみなその年の実りを喜び、酒や甘酒を造り、村には歓声があがる。収穫の時を迎えて、一年の仕事が終わるのを悲しむ者がいるとは、いまだかつて聞いたことがない。私は三十歳で、一つの事も成し遂げずに死ぬのだから、穀物がまだ穂も出ず実もつけないうちに終わるのに似て、惜しむべきことのようにも見える。けれども私自身についていえば、これもまた穂が出て実る時なのだ。どうして悲しむ必要があろうか。
解説
この章句が説くこと
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『酔古堂剣掃』集醒・身に樂有るは心に憂無きに若かず前に譽有るは、後に毀無きに若かず。身に樂有るは、心に憂無きに若かず。
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『碧巌録』第九十六則達磨曰く、「諸仏の妙道は、曠劫に精勤し、行じ難きを能く行じ、忍に非ざるを忍ぶ。豈に小徳小智、軽心慢心を以て、真乗を冀はんと欲せんや。是の処有ること無し」。二祖誨励を聞いて、道に向ふこと益々切なり。潜かに利刀を取りて、自ら左臂を断ち、達磨の前に致す。磨是れ法器なることを知り、遂に問うて曰く、「汝雪に立ち臂を断つ、当に何事の為ぞ」。二祖曰く、「某甲心未だ安からず、乞ふ師安心せしめたまへ」。磨曰く、「心を将ち来れ、汝が与に安んぜん」。祖曰く、「心を覓むるに了に不可得なり」。達磨云く、「汝が与に安心し竟んぬ」。後に達磨為に其の名を易へて慧可と曰ふ。後に三祖燦大師を接得す。既に法を伝へて舒州の皖公山に隠る。後周の武帝の仏法を破滅し僧を沙汰するに属ひ、師太湖県の司空山に往来し、居に常処無し。十余載を積むも人の知る者無し。宣律師の高僧伝、二祖の事を載すること詳らかならず。三祖伝に云く、二祖の妙法世に伝はらず、と。末後に依前として他の当時の立雪を悟るに頼値す。所以に雪竇道ふ、雪に立つこと如し未だ休まずんば、何人か雕偽せざらん、と。雪に立つこと若し未だ休まずんば、足恭謟詐の人皆之に効はん。一時に只だ雕偽を成ず。則ち是れ謟詐の徒なり。
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