呂氏春秋 / 別類⑤
高陽應將為室家,匠對曰:「未可也。木尚生,加塗其上,必將撓。以生為室,今雖善,後將必敗。」高陽應曰:「緣子之言,則室不敗也。木益枯則勁,塗益乾則輕,以益勁任益輕則不敗。」匠人無辭而對,受令而為之。室之始成也善,其後果敗。高陽應好小察,而不通乎大理也。
新字:高陽応将為室家,匠対曰:「未可也。木尚生,加塗其上,必将撓。以生為室,今雖善,後将必敗。」高陽応曰:「縁子之言,則室不敗也。木益枯則勁,塗益乾則軽,以益勁任益軽則不敗。」匠人無辞而対,受令而為之。室之始成也善,其後果敗。高陽応好小察,而不通乎大理也。
書き下し
高陽應、將に室家を為らんとす。匠對えて曰く、「未だ可ならざるなり。木尚ほ生、塗を其の上に加うれば、必ず將に撓まんとす。生を以て室を為らば、今は善しと雖も、後將に必ず敗れんとす。」高陽應曰く、「子の言に緣れば、則ち室は敗れざるなり。木は益々枯るれば則ち勁く、塗益々乾けば則ち輕し。益々勁きを以て益々輕きに任せば、則ち敗れず。」匠人、辭して對うる無く、令を受けて之を為る。室の始めて成るや善し、其の後果して敗る。高陽應は小察を好みて、大理に通ぜざるなり。
現代語訳
高陽応が家を建てようとした。大工が答えて言った。「まだいけません。木はまだ生木で、その上に土を塗れば必ず撓みます。生木で家を造れば、今は良くても後で必ず傷みます」。高陽応は言った。「お前の言うとおりなら、家は傷まないはずだ。木はさらに枯れれば強くなり、土はさらに乾けば軽くなる。より強いもので、より軽いものを支えれば傷まない」。大工は返す言葉がなく、命令を受けて造った。家は出来た当初は良かったが、後で案の定傷んだ。高陽応は小さな理屈を好んで、大きな道理に通じていなかった。
解説
この段は、部分的に筋の通った理屈が全体としては誤る例を描きます。高陽応は「木は乾けば強く、土は乾けば軽い」という各要素の変化を捉え、大工の警告を論破しました。しかし木が乾いて縮み、土が固まる過程で生じる撓みという肝心の相互作用を見落とし、家は結局傷みました。背景には、細かな弁論の巧みさと実務の正しさは別だという主張があります。現代でも、個々の理屈は正しくても前提や相互作用を無視した机上の論が現場で破綻することは多く、専門家の実感を言葉で言い負かしても現実は変わりません。細部の切れ味より全体の道理を重んじる姿勢を教えます。
この章句が説くこと
高陽応大工生木小察大理全体最適
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