呂氏春秋 / 重言①
──人主之言,不可不慎。高宗,天子也,即位諒闇,三年不言。卿大夫恐懼,患之。高宗乃言曰:「以余一人正四方,余唯恐言之不類也,茲故不言。」古之天子,其重言如此,故言無遺者。
書き下し
人主の言は、慎まざる可からず。高宗は天子なり。位に即くや諒闇して、三年言わず。卿大夫恐懼して、之を患う。高宗乃ち言いて曰く、「余一人を以て四方を正す。余唯だ言の類からざるを恐るるなり。茲の故に言わず。」古の天子は、其の言を重んずること此くの若し。故に言に遺う者無し。
現代語訳
君主の言葉は慎まないわけにはいかない。高宗は天子である。即位すると喪に服し、三年間ものを言わなかった。卿大夫たちは恐れおののき、これを心配した。高宗はやがて言った、「私ひとりで四方を正すのだ。私はただ言葉が善くないことを恐れる。だから口を開かなかったのだ。」古の天子が言葉を重んじたのはこのようであった。だから発言に失言がなかったのである。
解説
この段は重言篇の総論で、殷の中興の王とされる高宗が即位後三年間ほとんど発言しなかった故事を挙げます。臣下は不安がりましたが、高宗は、自分の言葉が国を正すものだけに、軽々しく口を開いて善からぬことを言うのを恐れたのだと説明します。天子の一言が政に直結する重みを、沈黙という形で示した背景があります。要点は、地位が高い者ほど言葉の影響が大きく、慎重さが求められるということです。現代でも、責任ある立場の発言は組織や社会に波及します。話す前に熟慮し、軽率な一言を避ける自制が、信頼される言葉づかいの基本だと教える一段です。
この章句が説くこと
重言高宗諒闇沈黙言葉の重み慎言
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