呂氏春秋 / 審應⑦
公子沓相周,申向說之而戰。公子沓訾之曰:「申子說我而戰,為吾相也夫?」申向曰:「向則不肖。雖然,公子年二十而相,見老者而使之戰,請問孰病哉?」公子沓無以應。戰者,不習也;使人戰者,嚴駔也。意者恭節而人猶戰,任不在貴者矣。故人雖時有自失者,猶無以易恭節。自失不足以難,以嚴駔則可。
新字:公子沓相周,申向説之而戦。公子沓訾之曰:「申子説我而戦,為吾相也夫?」申向曰:「向則不肖。雖然,公子年二十而相,見老者而使之戦,請問孰病哉?」公子沓無以応。戦者,不習也;使人戦者,厳駔也。意者恭節而人猶戦,任不在貴者矣。故人雖時有自失者,猶無以易恭節。自失不足以難,以厳駔則可。
書き下し
公子沓、周に相たり。申向、之に說きて戰る。公子沓、之を訾りて曰く、「申子、我に說きて戰るるは、吾が相たる為か。」申向曰く、「向は則ち不肖なり。然りと雖も、公子は年二十にして相たるも、老者を見て之をして戰れしむ。請い問う、孰れか病なるや。」公子沓以て應うる無し。戰るるは、習わざればなり。人をして戰れしむるは、嚴駔なり。意うに恭節にして、人猶ほ戰るるは、任、貴者に在らず。故に人時に自失する者有りと雖も、猶ほ以て恭節を易うること無かれ。自失は以て難ずるに足らず。嚴駔を以てすれば則ち可なり。
現代語訳
公子沓が周の宰相であった。申向が彼に進言しようとして怖じ気づいた。公子沓はそれをそしって言った、「申子が私に進言しながら震えるのは、私が宰相だからか。」申向は言った、「私は確かに未熟です。しかし公子は二十歳の若さで宰相となり、年長の者に会ってその者を震え上がらせている。おたずねしますが、どちらに問題があるのでしょうか。」公子沓は返す言葉がなかった。震えるのは慣れていないからである。人を震え上がらせるのは、尊大で驕っているからである。思うに、こちらが恭しく節度を保っていても相手が震えるなら、責任は身分ある者の側にはない。だから人が時に平静を失うことがあっても、恭しく節度ある態度を変えてはならない。平静を失うのを責めるには当たらないが、尊大に振る舞うのは責めてよいのである。
解説
この章句が説くこと
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