講孟余話 / 盡心下 第三十一章
士未可以言而言、是以言餂之也、可以言而不言、是以不言餂之也、下章所謂言近而指遠者トハ、正ニ此章ノ類是也、無欲害人之心卽チ惻隱ノ心ナリ、無穿窬之心卽チ辞讓ノ心ナリ、無受爾汝之実卽チ羞惡ノ心ナリ、人々皆コレアリ、但擴充スルト擴充セヌトノ差別アルノミ、仁斎云ク、此當與前篇四端章參看、余謂フニ其語意ハ更ニ親切ナルヲ覚フ、以言餂之以不言餂之、是今人ノ通情、最モ官途上ノ人ニ於テ觀ルヘシ、以不言餂之者ハ隱默容ラルヽコトヲ取ル、此種ノ人忽チ見レハ重厚簡默、器度アルニ似タリ、俗人最モ是ヲ信重ス、漢武ノ丞相石奮ノ如キ、大害ナキカ如シ、然トモ其甚シキニ至テハ、五代ノ馮通ノ如五朝唐晋遼漢周八姓八主アリニ事ヘ皆相トナルニ至ル、豈憎マサルヘケンヤ、
新字:士未可以言而言、是以言餂之也、可以言而不言、是以不言餂之也、下章所謂言近而指遠者トハ、正ニ此章ノ類是也、無欲害人之心即チ惻隠ノ心ナリ、無穿窬之心即チ辞譲ノ心ナリ、無受爾汝之実即チ羞悪ノ心ナリ、人々皆コレアリ、但擴充スルト擴充セヌトノ差別アルノミ、仁斎云ク、此当与前篇四端章参看、余謂フニ其語意ハ更ニ親切ナルヲ覚フ、以言餂之以不言餂之、是今人ノ通情、最モ官途上ノ人ニ於テ観ルヘシ、以不言餂之者ハ隠黙容ラルヽコトヲ取ル、此種ノ人忽チ見レハ重厚簡黙、器度アルニ似タリ、俗人最モ是ヲ信重ス、漢武ノ丞相石奮ノ如キ、大害ナキカ如シ、然トモ其甚シキニ至テハ、五代ノ馮通ノ如五朝唐晋遼漢周八姓八主アリニ事ヘ皆相トナルニ至ル、豈憎マサルヘケンヤ、
書き下し
「士未だ以て言ふべからずして言ふ、是れ言を以て之れを餂るなり。以て言ふべくして言はず、是れ言はざるを以て之れを餂るなり」。下章に所謂「言近くして指遠き者」とは、正に此の章の類是れなり。「人を害せんと欲するの心無き」は即ち惻隠の心なり。「穿窬の心無き」は即ち辞譲の心なり。「爾汝を受くるの実無き」は即ち羞悪の心なり。人々皆これあり、但だ拡充すると拡充せぬとの差別あるのみ。仁斎云く、「此れ当に前篇の四端の章と参看すべし」と。余謂ふに其の語意は更に親切なるを覚ゆ。言を以て之れを餂り、言はざるを以て之れを餂るは、是れ今人の通情、最も官途上の人に於て観るべし。言はざるを以て之れを餂る者は、隠黙して容れらるることを取る。此の種の人忽ち見れば重厚簡黙、器度あるに似たり、俗人最も是れを信重す。漢武の丞相石奮の如き、大害なきが如し。然れども其の甚しきに至りては、五代の馮道の如く五朝(唐・晋・遼・漢・周、八姓八主あり)に事へ皆相となるに至る、豈に憎まざるべけんや。
現代語訳
「士が、まだ言うべきでないときに言うのは、言葉によって人の歓心を釣ろうとするのである。言うべきときに言わないのは、黙ることによって人の歓心を釣ろうとするのである」。下の章でいう「言葉は身近で、意味は遠大なもの」とは、まさにこの章のようなものである。「人を害しようとする心がない」のはすなわち惻隠の心である。「壁を破り垣を越えて盗む心がない」のはすなわち辞譲の心である。「おまえ呼ばわりされるような実がない」のはすなわち羞悪の心である。人はみなこれを持っている。ただ、それを広げ満たすか、広げ満たさないかの違いがあるだけだ。仁斎は「これは前の篇の四端の章と見比べるべきだ」と言う。私が思うに、こちらの言い方のほうがいっそう身近で切実である。言葉で釣り、黙ることで釣るのは、今の人の通弊であり、とりわけ役人の世界でよく見られる。黙って釣る者は、口を閉ざして受け入れられることを狙う。こういう人は一見すると重厚で口数少なく、器量があるように見える。俗人はこういう人をいちばん信用し重んじる。漢の武帝の丞相・石奮のような人は、大きな害はないようにも見える。しかしそのひどいものになると、五代の馮道のように、五つの王朝(唐・晋・遼・漢・周、八つの姓・八人の君主)に仕えてすべてで宰相となるに至る。どうして憎まずにいられようか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 李斯列伝彼の賢人の天下を有つや、専ら天下を用ひて己に適するのみ。此れ天下を有つを貴ぶ所なり。夫れ所謂賢人なる者は、必ず能く天下を安んじて万民を治む。今身すら且つ利する能はず、将た悪くんぞ能く天下を治めんや。故に吾志を賜にし欲を広くし、長く天下を享けて害無からんと願ふ。之を為すこと奈何」と。李斯の子由は三川の守為り。群盗呉広等西のかた地を略し、過ぎ去るも禁ずる能はず。章邯以て広等の兵を破逐す。使者三川を覆案すること相属ぎ、斯の三公の位に居りて、如何ぞ盗をして此の如くならしむると誚譲す。李斯恐懼し、爵禄を重んじ、出だす所を知らず、乃ち二世の意に阿り、容れられんことを求めんと欲し、書を以て対へて曰く、夫れ賢主なる者は、必ず且に能く道を全うして督責の術を行ふ者なり。之を督責すれば、則ち臣敢て能を竭くして以て其の主に徇はずんばあらず。此れ臣主の分定まり、上下の義明らかなれば、則ち天下の賢不肖、敢て力を尽くし任を竭くして以て其の君に徇はざる莫し。是の故に主は独り天下を制して制せらるる所無きなり。能く楽しみの極みを窮む。賢明の主なり。察せざるべけんや。故に申子曰く「天下を有ちて恣睢せざる、之を命けて天下を以て桎梏と為すと曰ふ」とは、他無し、督責する能はずして、顧って其の身を以て天下の民に労すること、堯・禹の然るが若し。故に之を「桎梏」と謂ふなり。夫れ申・韓の明術を修め、督責の道を行ひ、専ら天下を以て自ら適する能はずして、徒らに形を苦しめ神を労するを務め、身を以て百姓に徇ふは、則ち是れ黔首の役にして、天下を畜ふ者に非ざるなり。何ぞ貴ぶに足らんや。夫れ人を以て己に徇はしむれば、則ち己は貴くして人は賤し。己を以て人に徇へば、則ち己は賤しくして人は貴し。故に人に徇ふ者は賤しく、而して人の徇ふ所の者は貴し。古より今に及ぶまで、未だ然らざる者有らざるなり。凡そ古の賢を尊ぶ所為の者は、其の貴きが為なり。而して不肖を悪む所為の者は、其の賤しきが為なり。
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『春秋左氏伝』哀公十一年 轅頗の大器夏、陳の轅頗出でて鄭に奔る。初め轅頗司徒と為り、封田に賦して、以て公女を嫁がしむ。餘り有り、以て己の大器を為る。國人之を逐ふ。故に出づ。道に渴す。其の族轅咺、稻醴・粱糗・腶脯を進む。喜びて曰く、「何ぞ其れ給(そな)はれる」と。對へて曰く、「器成りて具ふ」と。曰く、「何ぞ吾を諫めざる」と。對へて曰く、「先に行かるるを懼る」と。郊の戰の為の故に、公吳子に會して齊を伐つ。五月、博に克つ。壬申、嬴に至る。中軍は王に從ひ、胥門巢上軍に將たり、王子姑曹下軍に將たり、展如右軍に將たり。齊の國書中軍に將たり、高無丕上軍に將たり、宗樓下軍に將たり。陳僖子其の弟書に謂ふ、「爾死せば、我必ず志を得ん」と。宗子陽と閭丘明と相厲ます。桑掩胥國子に御たり。公孫夏曰く、「二子必ず死せん」と。將に戰はんとす。公孫夏其の徒に命じて虞殯を歌はしむ。陳子行其の徒に命じて含玉を具へしむ。公孫揮其の徒に命じて曰く、「人ごとに尋約せよ。
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『墨子』尚同下何を以て其の然るを知るや。先王の書に於けるや、大誓の言、然り。曰く、「小人、姦巧を見て乃ち聞くも、言わざれば、發せらるる罪は鈞し」と。此れ淫僻を見て以て告げざる者は、其の罪も亦た猶お淫僻なる者のごときを言うなり。
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『夜船閑話』本文此時人に尋ねて路頭を指すことを用ひず。只要す、尋常言語を省略して、爾の元気を長養せんことを。是故に云ふ、目力を養ふ者は常に瞑し、耳根を養ふ者は常に飽き、心気を養ふ者は常に黙すと。
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『呻吟語』内篇・修身・之を忘言に付するに若かず之を忘言に付するに若かず。久しければ則ち明らかなり。明らかなるを得ざれば、自ら天の在る有るのみ。
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『酔古堂剣掃』集法・辯は訥に如かず辯は訥に如かず、語は默に如かず、動は靜に如かず、忙は閑に如かず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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