論衡 / 『論衡』正說篇第八十一・経書解釈が実から離れる理由
儒者說《五經》、多失其實。前儒不見本末、空生虛說。後儒信前師之言、隨舊述故、滑習辭語。苟名一師之學、趨為師教授、及時蚤仕、汲汲竟進、不暇留精用心、考實根核。故虛說傳而不絕、實事沒而不見、《五經》並失其實。
新字:儒者説《五経》、多失其実。前儒不見本末、空生虚説。後儒信前師之言、随旧述故、滑習辞語。苟名一師之学、趨為師教授、及時蚤仕、汲汲竟進、不暇留精用心、考実根核。故虚説伝而不絶、実事没而不見、《五経》並失其実。
書き下し
儒者の五経を説くや、多く其の実を失う。前儒は本末を見ず、空しく虚説を生ず。後儒は前師の言を信じ、旧に随いて故を述べ、辞語に滑習す。苟くも一師の学に名づけ、趨りて師となりて教授し、時に及んで蚤く仕え、汲汲として竟い進み、精を留め心を用いて、実を考え根核するに暇あらず。故に虚説は伝わりて絶えず、実事は没して見えず、五経並びに其の実を失う。
現代語訳
儒者が五経を説くとき、その多くは実際から外れています。前の世代の儒者は物事の本末を見ないまま、根拠のない説を作り出しました。後の世代の儒者は先師の言葉を信じ、古い説に従って昔のことを述べ、決まり文句に慣れきっています。ひとかどの師の学派を名乗り、急いで師となって人に教え、早い時期に仕官しようとして、あくせくと先を争い、精神を注いで実を調べ根本を究める余裕がありません。そのため根拠のない説は伝わって絶えず、本当の事実は埋もれて見えなくなり、五経はこぞって実際を失ってしまったのです。
解説
正説篇は五経の通説を一つずつ検証する篇で、その冒頭が学問の伝承への総括的な批判です。王充は、初めに誰かが根拠なく説を立て、後の者がそれを疑わず受け継ぎ、しかも早く出世しようと焦って確かめる暇がないために、誤りが固定すると見ます。組織でも似たことが起きます。前任者のやり方を理由も確かめず引き継ぎ、忙しさを口実に検証を後回しにしていないでしょうか。慣習の出どころを一度たどってみることが、改善の第一歩になります。

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通説虚説五経伝承検証慣習
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