論衡 / 『論衡』詰術篇第七十四・同じ日に戦い勝敗が分かれる
事理有曲直、罪法有輕重、上官平心原其獄狀、未有支干吉凶之驗、而有事理曲直之效、為支干者何以對此?武王以甲子日戰勝、紂以甲子日戰負、二家俱期、兩軍相當、旗幟相望、俱用一日、或存或亡。且甲與子專比、昧爽時加寅、寅與甲乙不相賊、武王終以破紂、何也?
新字:事理有曲直、罪法有軽重、上官平心原其獄状、未有支干吉凶之験、而有事理曲直之効、為支干者何以対此?武王以甲子日戦勝、紂以甲子日戦負、二家倶期、両軍相当、旗幟相望、倶用一日、或存或亡。且甲与子専比、昧爽時加寅、寅与甲乙不相賊、武王終以破紂、何也?
書き下し
事理に曲直有り、罪法に軽重有り。上官、心を平らかにして其の獄状を原ぬるに、未だ支干吉凶の験有らずして、事理曲直の効有り。支干を為す者、何を以て此れに対えんや。武王は甲子の日を以て戦いて勝ち、紂は甲子の日を以て戦いて負く。二家倶に期し、両軍相当たり、旗幟相望み、倶に一日を用いて、或いは存し或いは亡ぶ。且つ甲と子と専ら比し、昧爽の時、寅に加わる。寅は甲乙と相賊せざるに、武王終に以て紂を破りしは、何ぞや。
現代語訳
物事の筋道には曲がりと直ぐがあり、罪と法には軽重があります。上役が心を平らかにして訴えの状況を調べるとき、干支の吉凶が役立った例はこれまでなく、筋道の曲直が役立つ例ばかりです。干支を説く者は、これにどう答えるのでしょうか。武王は甲子の日に戦って勝ち、紂は同じ甲子の日に戦って負けました。両家が同じ日を約し、両軍が向かい合い、旗が互いに見えるほど近く、同じ一日を用いて、片方は存続し片方は滅びました。そのうえ、甲と子はもっぱら親和する組み合わせで、夜明けの時刻は寅に当たり、寅は甲乙と相剋しません。それなのに武王が最後に紂を破ったのはなぜでしょうか。
解説

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