説苑 / 權謀
武王伐紂,過隧斬岸,過水折舟,過谷發梁,過山焚萊,示民無返志也。至於有戎之隧,大風折。散宜生諫曰:「此其妖歟?」武王曰:「非也。天落兵也。」風霽而乘以大雨,水平地而嗇。散宜生又諫曰:「此其妖歟?」武王曰:「非也,天灑兵也。」卜而龜熸。散宜生又諫曰:「此其妖歟?」武王曰:「不利以禱祠,利以擊眾,是熸之已。」故武王順天地,犯三妖而禽紂於牧野,其所獨見者精也。
新字:武王伐紂,過隧斬岸,過水折舟,過谷発梁,過山焚萊,示民無返志也。至於有戎之隧,大風折。散宜生諫曰:「此其妖歟?」武王曰:「非也。天落兵也。」風霽而乗以大雨,水平地而嗇。散宜生又諫曰:「此其妖歟?」武王曰:「非也,天灑兵也。」卜而亀熸。散宜生又諫曰:「此其妖歟?」武王曰:「不利以祷祠,利以撃衆,是熸之已。」故武王順天地,犯三妖而禽紂於牧野,其所独見者精也。
書き下し
武王紂を伐つに、隧を過ぎては岸を斬り、水を過ぎては舟を折り、谷を過ぎては梁を發き、山を過ぎては萊を焚き、民に返る志無きを示す。有戎の隧に至り、大風旆を折る。散宜生諫めて曰く、「此れ其れ妖か」と。武王曰く、「非ず。天兵を落すなり」と。風霽れて乘ずるに大雨を以てし、水地に平らかにして嗇る。散宜生又た諫めて曰く、「此れ其れ妖か」と。武王曰く、「非ず。天兵を灑ぐなり」と。卜するに龜熸ゆ。散宜生又た諫めて曰く、「此れ其れ妖か」と。武王曰く、「祠を禱るを以て利あらず、衆を擊つを以て利あり。是れ之を熸くなり」と。故に武王天地に順ひ、三妖を犯して紂を牧野に禽にす。其の獨り見る所の者精なり。
現代語訳
武王が紂王を討伐する際、隘路を通過するたびに岸を切り崩し、川を渡るたびに舟を壊し、谷を過ぎるたびに橋を壊し、山を過ぎるたびに草木を焼き払い、民に二度と後戻りする気がないことを示した。有戎の隘路に至ったとき、大風が軍旗の旆(吹き流し)を吹き折った。散宜生が諫めて「これは不吉な兆しでしょうか」と尋ねると、武王は「そうではない。天が我が軍に武具を授けているのだ」と答えた。風が止むと今度は大雨に見舞われ、水が地面に満ちて渇いた大地を潤した。散宜生がまた「これは不吉な兆しでしょうか」と尋ねると、武王は「そうではない。天が我が軍に武具を注いでいるのだ」と答えた。占いをすると亀の甲羅が焼け焦げてひび割れが出なかった。散宜生がまた「これは不吉な兆しでしょうか」と尋ねると、武王は「祭祀を行い神に祈るには良くない兆しだが、大衆を撃つには良い兆しだ。これはまさにそれを焦がして示しているのだ」と答えた。こうして武王は天地の理に従い、三つの不吉な兆しをものともせず牧野の戦いで紂王を捕らえた。武王がただ一人見抜いていたその洞察は、まことに精妙であった。
解説

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説苑・指武武王將に紂を伐たんとす。太公望を召して之に問いて曰く、「吾戰わずして勝ちを知り、卜せずして吉を知らんと欲す、其の人に非ざるを使うに、之を為すに道有りや」と。太公對えて曰く、「道有り。王眾人の心を得て、以て不道を圖らば、則ち戰わずして勝ちを知らん。賢を以て不肖を伐たば、則ち卜せずして吉を知らん。彼之を害すれば、我之を利す。吾が民に非ずと雖も、得て使うべし」と。武王曰く、「善し」と。乃ち周公を召して之に問いて曰く、「天下の事を圖る者、皆殷を以て天子と為し、周を以て諸侯と為す、諸侯を以て天子を攻む、之に勝つに道有りや」と。周公對えて曰く、「殷信に天子たり、周信に諸侯たらば、則ち勝つの道無し、何ぞ攻むべけんや」と。武王忿然として曰く、「汝の言說有るか」と。周公對えて曰く、「臣之を聞く、禮を攻むる者は賊と為し、義を攻むる者は殘と為し、其の民を制するを失えば匹夫と為ると。王は其の民を失う者を攻むるなり、何ぞ天子を攻めんや」と。武王曰く、「善し」と。乃ち眾を起こし師を舉げ、殷と牧の野に戰い、大いに殷人を敗る。堂に上り玉を見て、曰く、「誰の玉ぞや」と。曰く、「諸侯の玉なり」と。即ち取りて之を諸侯に歸す。天下之を聞き、曰く、「武王財に廉なり」と。室に入り女を見て、曰く、「誰の女ぞや」と。曰く、「諸侯の女なり」と。即ち取りて之を諸侯に歸す。天下之を聞き、曰く、「武王色に廉なり」と。是に於て巨橋の粟を發し、鹿臺の財金錢を散じて以て士民に與え、其の戰車を黜けて乘らず、其の甲兵を弛めて用いず、馬を華山に縱ち、牛を桃林に放ち、復た用いざるを示す。天下之を聞く者、咸武王天下に義を行うと謂う、豈に大ならずや。
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史記 周本紀誓ひ已はり、諸侯の兵の会する者車四千乗、師を牧野に陳ぬ。帝紂武王の来たるを聞き、亦兵七十万人を発して武王を距ぐ。武王師尚父をして百夫と師を致さしめ、大卒を以て帝紂の師に馳す。紂の師衆しと雖も、皆戦ふの心無く、心に武王の亟やかに入らんことを欲す。紂の師皆兵を倒にして以て戦ひ、以て武王を開く。武王之に馳す。紂の兵皆崩れて紂に畔く。紂走り、反りて入りて鹿台の上に登り、其の殊玉を蒙衣し、自ら火に燔きて死す。武王大白旗を持ちて以て諸侯を麾く。諸侯畢く武王を拝す。武王乃ち諸侯に揖す。諸侯畢く従ふ。武王商国に至る。商国の百姓咸郊に待つ。是に於て武王群臣をして商の百姓に告語せしめて曰く、「上天休を降せり」と。商人皆再拝稽首す。武王も亦答拝す。遂に入りて、紂の死所に至る。武王自ら之を射、三たび発して而る後に車を下り、軽剣を以て之を撃ち、黄鉞を以て紂の頭を斬り、大白の旗に県く。已にして紂の嬖妾二女に至るに、二女皆経れて自殺す。武王又射ること三発、撃つに剣を以てし、斬るに玄鉞を以てし、其の頭を小白の旗に県く。武王已にして乃ち出でて軍に復る。其の明日、道を除き、社及び商紂の宮を修む。期に及びて、百夫罕旗を荷ひて以て先駆す。武王の弟叔振鐸は常車を奉陳し、周公旦は大鉞を把り、畢公は小鉞を把り、以て武王を夾む。散宜生・太顛・閎夭皆剣を執りて以て武王を衛る。既に入り、社の南、大卒の左に立ち、左右畢く従ふ。毛叔鄭は明水を奉じ、衛の康叔封は茲を布き、召公奭は采を賛け、師尚父は牲を牽く。尹佚筴祝して曰く、「殷の末孫季紂、先王の明徳を殄廃し、神祇を侮蔑して祀らず、商邑の百姓に昏暴なり。其の章顕上天皇上帝に聞こゆ」と。
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呂氏春秋・貴因②武王、人をして殷を候わしむ。反りて岐周に報じて曰く、「殷は其れ亂れたり。」武王曰く、「其の亂るるや焉にか至る。」對えて曰く、「讒慝、良に勝つ。」武王曰く、「尚ほ未だしきなり。」又復た往きて、反りて報じて曰く、「其の亂るること加われり。」武王曰く、「焉にか至る。」對えて曰く、「賢者出でて走れり。」武王曰く、「尚ほ未だしきなり。」又往き、反りて報じて曰く、「其の亂るること甚だし。」武王曰く、「焉にか至る。」對えて曰く、「百姓敢て誹怨せず。」武王曰く、「嘻。」遽く太公に告ぐ。太公對えて曰く、「讒慝、良に勝つを、命づけて戮と曰い、賢者の出で走るを、命づけて崩と曰い、百姓敢て誹怨せざるを、命づけて刑勝と曰う。其の亂るること至れり。以て駕うる可からず。」故に選車三百・虎賁三千、朝に甲子の期を要して、紂禽と為る。則ち武王は固より其の與に敵為る無きを知るなり。其の用うる所に因らば、何の敵か之れ有らん。
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史記 殷本紀紂曰く、「我生まれて命の天に在る有らずや」と。祖伊反りて、曰く、「紂諫む可からず」と。西伯既に卒し、周の武王の東伐して、盟津に至る。諸侯の殷に叛きて周に会する者八百。諸侯皆曰く、「紂伐つ可し」と。武王曰く、「爾未だ天命を知らず」と。乃ち復た帰る。紂愈淫乱して止まず。微子数諫むるも聴かず、乃ち大師・少師と謀り、遂に去る。比干曰く、「人臣為る者は、死を以て争はざるを得ず」と。迺ち強ひて紂を諫む。紂怒りて曰く、「吾聞く、聖人の心に七竅有りと」と。比干を剖き、其の心を観る。箕子懼れ、乃ち詳狂して奴と為る。紂又之を囚ふ。殷の大師・少師乃ち其の祭楽器を持ちて周に奔る。周の武王是に於て遂に諸侯を率ゐて紂を伐つ。紂も亦兵を発して之を牧野に距ぐ。甲子の日、紂の兵敗る。紂走り、入りて鹿台に登り、其の宝玉の衣を衣て、火に赴きて死す。
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史記 周本紀是に於て武王遍く諸侯に告げて曰く、「殷重罪有り、以て畢く伐たざる可からず」と。乃ち文王に遵ひ、遂に戎車三百乗、虎賁三千人、甲士四万五千人を率ゐて、以て東のかた紂を伐つ。十一年十二月戊午、師畢く盟津を渡り、諸侯咸会す。曰く、「孳孳として怠ること無かれ」と。武王乃ち太誓を作り、衆庶に告ぐ。「今殷王紂乃ち其の婦人の言を用ゐ、自ら天に絶ち、其の三正を毀壊し、其の王父母弟を離逖し、乃ち其の先祖の楽を断棄し、乃ち淫声を為り、用て正声を変乱し、婦人を怡説せしむ。故に今予発維れ共に天罰を行ふ。勉めよや夫子、再びす可からず、三たびす可からず」と。二月甲子の昧爽、武王朝に商の郊の牧野に至り、乃ち誓ふ。武王左に黄鉞を杖き、右に白旄を秉りて、以て麾く。曰く、「遠きかな西土の人」と。武王曰く、「嗟、我が有国の冢君、司徒・司馬・司空、亜旅・師氏、千夫長・百夫長、及び庸・蜀・羌・髳・微・纑・彭・濮の人、爾の戈を称げ、爾の干を比べ、爾の矛を立てよ。予其れ誓はん」と。王曰く、「古人言へる有り、『牝雞は晨する無し。牝雞の晨するは、惟れ家の索くるなり』と。今殷王紂は維れ婦人の言を是れ用ゐ、自ら其の先祖の肆祀を棄てて答へず、昏くして其の家国を棄て、其の王父母弟を遺てて用ゐず、乃ち維れ四方の多罪の逋逃を、是れ崇び是れ長とし、是れ信じ是れ使ひ、百姓に暴虐し、以て商国に姦軌せしむ。今予発維れ共に天の罰を行ふ。今日の事は、六歩七歩を過ぎずして、乃ち止まりて斉へよ。夫子勉めよや。四伐五伐六伐七伐を過ぎずして、乃ち止まりて斉へよ。勉めよや夫子。尚はくは桓桓として、虎の如く羆の如く、豺の如く離の如く、商の郊に于いて、奔るを御ぐことなく、以て西土に役せしめよ。勉めよや夫子。爾勉めざる所あらば、其れ爾の身に于いて戮有らん」と。
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