言志四録 / 言志晩録 第百二条 前徒戈を倒にす
前徒倒戈。攻于後以北。武王之心。此時果何如。以爲快乎。葢亦惻然痛。或有愧焉。
新字:前徒倒戈。攻于後以北。武王之心。此時果何如。以為快乎。葢亦惻然痛。或有愧焉。
書き下し
「前徒戈を倒にし、後を攻めて以て北ぐ」。武王の心、此の時果して何如。以て快と為さんか。蓋し亦惻然として痛み、或は愧づること有らん。
現代語訳
「(殷の紂王の軍の)前列の兵が矛を逆さにして味方の後方を攻め、敗走した」(『書経』武成)。このとき周の武王の心ははたしてどうであったろうか。痛快だと思っただろうか。おそらくはやはり憐れみ心を痛め、あるいは恥じる気持ちさえあったであろう。
解説
『書経』武成篇に、牧野の戦いで殷の紂王の兵が戈を逆さにして味方を攻め、殷軍が崩れたと記されています。聖王とされる周の武王の大勝利の場面です。一斎は、そのとき武王は快哉を叫んだだろうかと問い、むしろ惻隠の情に心を痛め、あるいは恥じる思いがあったろうと推し量ります。敵であれ、人が主君に背き同士討ちをする光景は、仁者にとって喜ぶべきものではない。『孟子』が武成篇の血流杵を漂わすという記述を疑ったことにも通じる感覚です。勝利の場面でこそ、その陰で傷ついた人々に思いを致せるか。競争に勝ったときの自分の心のありようを問い直させる一条です。
この章句が説くこと
惻隠仁勝利武王書経
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