論衡 / 『論衡』𧬘時篇第六十九・小は大に勝てない道理
天地之性、人物之力、少不勝多、小不厭大。使三軍持木杖、匹夫持一刃、伸力角氣、匹夫必死。金性勝木、然而木勝金負者、木多而金寡也。積金如山、燃一炭火以燔爍之、金必不消、非失五行之道、金多火少、少多小大不鈞也。五尺童子與孟賁爭、童子不勝、非童子怯、力少之故也。狼眾食人、人眾食狼。敵力角氣、能以小勝大者希;爭強量功、能以寡勝眾者鮮。天道人物、不能以小勝大者、少不能服多。以一刃之金、一炭之火、厭除凶咎、卻歲之殃、如何也!
新字:天地之性、人物之力、少不勝多、小不厭大。使三軍持木杖、匹夫持一刃、伸力角気、匹夫必死。金性勝木、然而木勝金負者、木多而金寡也。積金如山、燃一炭火以燔爍之、金必不消、非失五行之道、金多火少、少多小大不鈞也。五尺童子与孟賁争、童子不勝、非童子怯、力少之故也。狼衆食人、人衆食狼。敵力角気、能以小勝大者希;争強量功、能以寡勝衆者鮮。天道人物、不能以小勝大者、少不能服多。以一刃之金、一炭之火、厭除凶咎、却歳之殃、如何也!
書き下し
天地の性、人物の力は、少なきは多きに勝たず、小なるは大を厭えず。三軍をして木杖を持たしめ、匹夫に一刃を持たしめて、力を伸べ気を角べしめば、匹夫は必ず死なん。金の性は木に勝つ。然れども木勝ちて金負くるは、木多くして金寡なければなり。金を積むこと山の如くにして、一炭の火を燃やして以て之を燔爍せんとするも、金は必ず消えず。五行の道を失うに非ず、金多く火少なく、少多小大の鈞しからざればなり。五尺の童子、孟賁と争いて、童子勝たざるは、童子の怯なるに非ず、力少なきが故なり。狼の衆きは人を食らい、人の衆きは狼を食らう。力を敵し気を角ぶるに、能く小を以て大に勝つ者は希なり。強を争い功を量るに、能く寡を以て衆に勝つ者は鮮し。天道・人物、小を以て大に勝つ能わざるは、少なきは多きを服する能わざればなり。一刃の金、一炭の火を以て、凶咎を厭除し、歳の殃を卻けんとするは、如何ぞや。
現代語訳
天地の性質、人や物の力というものは、少ないものは多いものに勝てず、小さいものは大きいものを抑えられません。三軍に木の杖を持たせ、ひとりの男に一本の刃を持たせて力比べをさせれば、男は必ず死にます。五行では金は木に勝りますが、それでも木が勝って金が負けるのは、木が多く金が少ないからです。金を山のように積み上げ、炭火ひとつで焼こうとしても、金は決して溶けません。五行の道理に外れたのではなく、金が多く火が少なく、多少大小が釣り合わないからです。五尺の子どもが勇士の孟賁と争って勝てないのは、子どもが臆病だからではなく、力が小さいからです。狼が大勢なら人を食い、人が大勢なら狼を食います。力や気勢を競って、小で大に勝てる者はまれであり、強さを争い功を量って、少数で多数に勝てる者もほとんどいません。天の道も人や物も、小さなもので大きなものに勝てないのは、少ないものが多いものを従えられないからです。それなのに、一本の金の刃、ひとつの炭火で、凶事を抑え、その年の災いを退けようとするのは、どういうことでしょうか。
解説

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『淮南子』兵略訓今 人の人と、水火の勝有るに非ざるなり。而して少を以て眾に耦せんと欲するも、其の功を成す能わざること、亦た明らかなり。兵家 或いは言いて曰く、「少は以て眾に耦す可し」と。此れ將いる所を言うなり、戰う所を言うに非ざるなり。或いは眾を將いて寡を用うる者は、勢 齊しからざればなり。寡を將いて眾を用うる者は、力を用うること諧えばなり。人 其の才を盡くし、悉く其の力を用うるが若きに乃びては、少を以て眾に勝つ者は、古より今に及ぶまで、未だ嘗て聞かざるなり。神は天より貴きは莫く、勢は地より便なるは莫く、動は時より急なるは莫く、用は人より利なるは莫し。凡そ此の四つの者は、兵の幹植なり。然れども必ず道を待ちて而る後に行う。一に用う可きなり。夫れ地利は天時に勝ち、巧舉は地利に勝ち、勢は人に勝つ。故に天に任ずる者は迷う可く、地に任ずる者は束ぬ可く、人に任ずる者は迫る可く、人に任ずる者は惑わす可し。夫れ仁勇信廉は、人の美才なり。然れども勇なる者は誘う可く、仁なる者は奪う可く、信なる者は欺き易く、廉なる者は謀り易し。眾を將いる者に一つ焉に見わるること有らば、則ち人の禽と爲らん。此に由りて之を觀れば、則ち兵は道理を以て勝を制して、人才の賢を以てせざること、亦た自ら明らかなり。
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五行大義・第十論相剋陽は君為り、陰は臣為り、と。水は太陰の気を以て、太陽の火を制し、金は少陰の気を以て、少陽の木を制す。喩えば道を失うの君の、殷湯の桀(けつ)を放ち、周武の紂(ちゅう)を伐つが若し。此れ皆有罪を誅するなり。凡そ卜筮に、其の剋する所を得る者は凶、制を受くる所を得る者は吉。五行の道、子は能く父の難を拯(すく)う。故に金往きて木を剋すれば、火其の讎(あだ)を復す。火既に金を消せば、水其の恥を雪(すす)ぐ。然れども衰気に当たる者は、反って王者の制する所と為る。鼎鑊(ていかく)の中の水の、火の煎る所と為るが如し。白虎通に云う、火は熱く水は冷ゆ。温水有りて寒火無きは何ぞ。臣は君と為るべく、君は臣と為るべからざるを明らかにするなり、と。火の水を煎りて湯と為すは、其の形を改めず、但だ其の名を変ずるのみなり。水の火を滅して炭と為すは、形名倶に尽くるなり。亦君の廃せられて存せず、臣の罪有りて職を退くが如し。五行の相剋、木の土を穿ちて毀(やぶ)らず、火の金を焼きて毀らざるは、皆陽気は仁にして、生を好むが故なり。金の木を伐ちて犯し、水の火を滅して犯すは、陰気は貪にして、殺を好むが故なり。山崩れ川竭(つ)き、木石災いを為し、天火下り流れ、人火上り燎(や)き、水旱鬲并(かくへい)し、風霜害を為すが如きに至りては、此れ並びに政を人に失いて、天地譴(とが)めを作すなり。五行相沴(そうれい)と為すは、乖沴(かいれい)して和せざるの義なり。其の気衝きて相沴するを以て、剋と名づけず。沴は亦廃なり。木に於ては則ち南宮極震し、水に於ては則ち三川竭き、火に於ては則ち宮室災いし、金に於ては則ち九鼎震い、土に於ては則ち斉楚の山崩る。木金水火倶に土を沴するは、地動き分拆(ぶんたく)する是れなり。故に五行の気衝きて、六沴有り。大概斯の如し。