五行大義 / 第十論相剋
陽爲君。陰爲臣。水以太陰之氣。制太陽之火。金以少陰之氣。制少陽之木。喻如失道之君。若殷湯放桀。周武伐紂。此皆誅有罪也。凡卜筮。得其所剋者凶。得所受制者吉。五行之道。子能拯父之難。故金往剋木。火復其讎。火既消金。水雪其恥。然當衰氣者。反爲王者所制。如鼎鑊中水。爲火所煎。白虎通云。火熱水冷。有溫水。無寒火何。明臣可爲君。君不可爲臣。火煎水爲湯者。不改其形。但變其名也。水滅火爲炭者。形名俱盡也。亦如君被廢而不存。臣有罪而退職也。五行相剋。木穿土不毀。火燒金不毀者。皆陽氣仁。好生故也。金伐木犯。水滅火犯者。陰氣貪。好殺故也。至如山崩川竭。木石爲災。天火下流。人火上燎。水旱鬲并。風霜爲害。此竝失政於人。天地作譴。爲五行相沴者。乖沴不和之義。以其氣衝相沴。不名剋也。沴。亦廢也。於木則南宮極震。於水則三川竭。於火則宮室災。於金則九鼎震。於土則齊楚山崩。木金水火俱沴土者。地動分拆是也。故五行氣衝。而有六沴。大概如斯。
新字:陽為君。陰為臣。水以太陰之気。制太陽之火。金以少陰之気。制少陽之木。喩如失道之君。若殷湯放桀。周武伐紂。此皆誅有罪也。凡卜筮。得其所剋者凶。得所受制者吉。五行之道。子能拯父之難。故金往剋木。火復其讎。火既消金。水雪其恥。然当衰気者。反為王者所制。如鼎鑊中水。為火所煎。白虎通云。火熱水冷。有温水。無寒火何。明臣可為君。君不可為臣。火煎水為湯者。不改其形。但変其名也。水滅火為炭者。形名倶尽也。亦如君被廃而不存。臣有罪而退職也。五行相剋。木穿土不毀。火焼金不毀者。皆陽気仁。好生故也。金伐木犯。水滅火犯者。陰気貪。好殺故也。至如山崩川竭。木石為災。天火下流。人火上燎。水旱鬲并。風霜為害。此並失政於人。天地作譴。為五行相沴者。乖沴不和之義。以其気衝相沴。不名剋也。沴。亦廃也。於木則南宮極震。於水則三川竭。於火則宮室災。於金則九鼎震。於土則斉楚山崩。木金水火倶沴土者。地動分拆是也。故五行気衝。而有六沴。大概如斯。
書き下し
陽は君為り、陰は臣為り、と。水は太陰の気を以て、太陽の火を制し、金は少陰の気を以て、少陽の木を制す。喩えば道を失うの君の、殷湯の桀(けつ)を放ち、周武の紂(ちゅう)を伐つが若し。此れ皆有罪を誅するなり。凡そ卜筮に、其の剋する所を得る者は凶、制を受くる所を得る者は吉。五行の道、子は能く父の難を拯(すく)う。故に金往きて木を剋すれば、火其の讎(あだ)を復す。火既に金を消せば、水其の恥を雪(すす)ぐ。然れども衰気に当たる者は、反って王者の制する所と為る。鼎鑊(ていかく)の中の水の、火の煎る所と為るが如し。白虎通に云う、火は熱く水は冷ゆ。温水有りて寒火無きは何ぞ。臣は君と為るべく、君は臣と為るべからざるを明らかにするなり、と。火の水を煎りて湯と為すは、其の形を改めず、但だ其の名を変ずるのみなり。水の火を滅して炭と為すは、形名倶に尽くるなり。亦君の廃せられて存せず、臣の罪有りて職を退くが如し。五行の相剋、木の土を穿ちて毀(やぶ)らず、火の金を焼きて毀らざるは、皆陽気は仁にして、生を好むが故なり。金の木を伐ちて犯し、水の火を滅して犯すは、陰気は貪にして、殺を好むが故なり。山崩れ川竭(つ)き、木石災いを為し、天火下り流れ、人火上り燎(や)き、水旱鬲并(かくへい)し、風霜害を為すが如きに至りては、此れ並びに政を人に失いて、天地譴(とが)めを作すなり。五行相沴(そうれい)と為すは、乖沴(かいれい)して和せざるの義なり。其の気衝きて相沴するを以て、剋と名づけず。沴は亦廃なり。木に於ては則ち南宮極震し、水に於ては則ち三川竭き、火に於ては則ち宮室災いし、金に於ては則ち九鼎震い、土に於ては則ち斉楚の山崩る。木金水火倶に土を沴するは、地動き分拆(ぶんたく)する是れなり。故に五行の気衝きて、六沴有り。大概斯の如し。
現代語訳
「陽は君であり、陰は臣である」と。水は太陰(最も盛んな陰)の気で太陽(最も盛んな陽)の火を制し、金は少陰(若い陰)の気で少陽(若い陽)の木を制する。これはたとえば、道を失った君主に対して、殷の湯王が夏の桀王を追放し、周の武王が殷の紂王を討ったようなものである。これはみな罪ある者を誅したのである。およそ占いでは、その剋するところを得る者は凶、制を受けるところを得る者は吉とする。五行の道では、子は父の難を救うことができる。だから金が行って木を剋すれば、木の子である火がその仇を討つ。火が金を溶かしてしまえば、金の子である水がその恥をすすぐ。しかし衰えた気にあたるものは、かえって盛んなものに制せられる。ちょうど鼎や釜の中の水が、火に煮られるようなものである。『白虎通』には「火は熱く水は冷たい。それなのに温かい水はあっても冷たい火がないのはなぜか。臣は君となりうるが、君は臣となりえないことを明らかにしているのである」とある。火が水を煮て湯にするのは、その形を改めず、ただ名を変えるだけである。水が火を消して炭にするのは、形も名もともに尽きてしまうのである。これもまた、君が廃されれば存続せず、臣は罪があれば職を退くだけであるのと同じである。五行の相剋のうち、木が土を穿っても土をこわさず、火が金を焼いても金をこわさないのは、どちらも陽の気が仁であって、生かすことを好むからである。金が木を伐ってそこない、水が火を消してそこなうのは、陰の気が貪欲であって、殺すことを好むからである。山が崩れ川が涸れ、木や石が災いをなし、天の火(雷火)が下り、人の火が燃え上がり、洪水と日照りがかわるがわる重なり、風や霜が害をなすといったことに至っては、これらはみな人の政治が道を失って、天地がとがめを下したものである。これを五行の相沴(そうれい)とするのは、そむき乱れて和さないという意味である。その気がぶつかり合って互いにそこなうのであるから、剋とは呼ばない。沴とはまた廃れるという意味でもある。木においては南宮(天子の宮殿)が大きく揺れ、水においては三つの川が涸れ、火においては宮殿が火災にあい、金においては九つの鼎が震え、土においては斉や楚で山が崩れる。木・金・水・火がそろって土をそこなうと、地が揺れ動いて裂けるのがそれである。だから五行の気がぶつかり合って、六つの沴がある。あらましはこのとおりである。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十論相剋五行は君臣父子為りと雖も、生王同じからず、逐(お)いて相剋を忌む。剋とは、制罰を義と為す。其の力強くして能く弱きを制するを以て、故に木は土を剋し、土は水を剋し、水は火を剋し、火は金を剋し、金は木を剋す。白虎通に云う、木の土に剋つは、専は散に勝てばなり。土の水に剋つは、実は虚に勝てばなり。水の火に剋つは、衆は寡に勝てばなり。火の金に剋つは、精は堅に勝てばなり。金の木に剋つは、剛は柔に勝てばなり、と。春秋繁露に云う、木とは農なり。農人順わずして叛くが如くんば、司徒其の率正を誅す、故に金は木に勝つ。火とは、本朝に讒邪有りて、其の君を熒惑(けいわく)すれば、法則ち之を誅す、故に水は火に勝つ。土とは、君大いに奢侈にして、度を過ぎ礼を失えば、民之に叛きて窮す、故に木は土に勝つ。金とは、司徒弱くして、衆を使うこと能わざれば、則ち司馬之を誅す、故に火は金に勝つ。水とは、執法阿党して平らかならざれば、則ち司寇(しこう)之を誅す、故に土は水に勝つ、と。勝つ者は君と為り、夫と為り、官と為り、吏と為り、鬼と為る。負くる者は臣と為り、妻と為り、財と為る。君は威厳を以て尊高、夫は徳義を以て隆重、官は能く賞伐有るを以てし、吏は刑法を以て裁断し、鬼は剋殺病喪を以てす。並びに勝者為り。臣は其の上に畏伏するを以てし、妻は其の夫に敬従するを以てし、財は彼に休して用を制せらるるを以てす。並びに負者為り。凡そ上の下を剋するを順と為し、下の上を剋するを剝(はく)と為す。喩えば君に臣を刑するの法有りて、臣に君を犯すの義無く、父に子を訓うるの道有りて、子に父を教うるの方無きが如し。所以に上の下を剋するは、理に順いて行い、下の上を剋するは、理に乖(そむ)きて剋す。故に白虎通に云う、
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