古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

論衡 / 『論衡』四諱篇第六十八・五月生まれの忌みへの反問

昔齊相田嬰賤妄有子、名之曰文。文以五月生、嬰告其母勿舉也、其母竊舉生之。及長、其母因兄弟而見其子文於嬰、嬰怒曰:「吾令女去此子、而敢生之、何也?」文頓首、因曰:「君所以不舉五月子者何故?」嬰曰:「五月子者長至戶、將不利其父母。」文曰:「人生受命於天乎、將受命於戶邪?」嬰嘿然。文曰:「必受命於天、君何憂焉。如受命於戶、即高其戶、誰能至者?」嬰善其言、曰:「子休矣!」

新字:昔斉相田嬰賤妄有子、名之曰文。文以五月生、嬰告其母勿舉也、其母窃舉生之。及長、其母因兄弟而見其子文於嬰、嬰怒曰:「吾令女去此子、而敢生之、何也?」文頓首、因曰:「君所以不舉五月子者何故?」嬰曰:「五月子者長至戸、将不利其父母。」文曰:「人生受命於天乎、将受命於戸邪?」嬰嘿然。文曰:「必受命於天、君何憂焉。如受命於戸、即高其戸、誰能至者?」嬰善其言、曰:「子休矣!」

書き下し

昔、斉の相田嬰、賤妾に子有り、名づけて文と曰う。文、五月を以て生まる。嬰、其の母に告げて挙ぐる勿からしむるも、其の母竊かに之を挙げて生かす。長ずるに及び、其の母、兄弟に因りて其の子文を嬰に見えしむ。嬰怒りて曰わく、「吾、女をして此の子を去らしむるに、敢えて之を生かすは、何ぞや」と。文、頓首し、因りて曰わく、「君の五月の子を挙げざる所以は何の故ぞ」と。嬰曰わく、「五月の子は長じて戸に至れば、将に其の父母に利あらざらんとす」と。文曰わく、「人の生まるるは、命を天に受くるか、将た命を戸に受くるか」と。嬰、嘿然たり。文曰わく、「必ず命を天に受くれば、君、何ぞ憂えん。如し命を戸に受くれば、即ち其の戸を高くせよ、誰か能く至る者あらん」と。嬰、其の言を善しとして曰わく、「子、休めよ」と。

現代語訳

昔、斉の宰相の田嬰に、身分の低い側室が生んだ子がいて、文と名づけられました。文は五月に生まれたので、嬰は母に育てるなと告げましたが、母はこっそり育てました。成長してから、母は文の兄弟たちに頼んで、息子の文を嬰に会わせました。嬰は怒って言いました。「私はおまえにこの子を捨てさせたのに、よくも育てたものだ。なぜだ。」文は頭を下げ、そのまま言いました。「あなたが五月に生まれた子を育てない理由は何ですか。」嬰は言いました。「五月生まれの子は、背丈が戸口の高さに達すると、親に不利になるからだ。」文は言いました。「人が生まれるとき、命を受けるのは天からでしょうか、それとも戸口からでしょうか。」嬰は黙りました。文は言いました。「命を天から受けるのなら、あなたは何を心配するのです。もし戸口から受けるのなら、その戸口を高くすればよいのです。そこまで届く者などいません。」嬰はその言葉をもっともだと思い、言いました。「もうよい、下がりなさい。」

解説

五月生まれの子は親に害をなす、という俗信を信じる父の田嬰に、息子の文が「命を受けるのは天からか戸口からか」と切り返した場面です。文はのちに孟嘗君として知られる人物で、王充は忌みの虚妄を示す例としてこの話を引きます。前提となる因果をひとつ問い返すだけで、長く守られてきた決まりごとが崩れる。職場にも、誰がいつ何のために決めたのか分からない慣例や「うちの業界ではこうだ」があります。その理由を一度言葉にしてみることが、見直しの入り口になります。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

田文五月子受命於天忌諱問い返し迷信

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る