論衡 / 『論衡』佚文篇第六十一・文章から人の才を見抜く
孝武之時、詔百官對策、董仲舒策文最善。王莽時、使郎吏上奏、劉子駿章尤美。美善不空、才高知深之驗也。《易》曰:「聖人之情見於辭。」文辭美惡、足以觀才。
新字:孝武之時、詔百官対策、董仲舒策文最善。王莽時、使郎吏上奏、劉子駿章尤美。美善不空、才高知深之験也。《易》曰:「聖人之情見於辞。」文辞美悪、足以観才。
書き下し
孝武の時、百官に詔して策に対えしむるに、董仲舒の策文最も善し。王莽の時、郎吏をして上奏せしむるに、劉子駿の章尤も美し。美善は空しからず、才高く知深きの験なり。『易』に曰く、「聖人の情は辞に見る」と。文辞の美悪は、以て才を観るに足る。
現代語訳
孝武帝の時代、百官に詔して対策を答えさせたところ、董仲舒の答案が最もすぐれていました。王莽の時代、郎吏に上奏文を出させたところ、劉子駿の文章がとりわけ見事でした。文章の美しさや見事さは、理由のないものではなく、才能が高く知が深いことの証拠です。『易』に「聖人の心情は言葉に表れる」とあります。文章の良し悪しは、その人の才を見るのに十分なのです。
解説
王充は、優れた文章は優れた才の表れだと考えます。『論衡』は文章を軽んじる風潮に対し、文人の価値を重く見る書です。ここでは対策文や上奏文という実務の文書から才を見ています。現代でも、報告書や企画書、メールの文面には、その人の思考の深さや整理の力がよく出ます。口の達者さや肩書きでなく、書かれたものから人を見るという、採用や登用の視点が得られます。ただし文章の巧みさだけに偏らず、実行力もあわせて見る必要はあるでしょう。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
文辞対策才上奏文董仲舒人材評価
関連する章句
-
論衡・『論衡』逢遇篇第一・才と遇は別のものである操行には常の賢有れども、仕宦には常の遇無し。賢と不賢とは、才なり。遇と不遇とは、時なり。才高く行い潔きも、以て必ず尊貴なりと保すべからず。能薄く操濁れるも、以て必ず卑賤なりと保すべからず。或いは才高く行い潔けれども、遇わずして退きて下流に在り。能薄く操濁れども、遇いて衆の上に在り。世は各おの自ら士を取る所以有り、士も亦た各おの自ら進むを得る所以有り。進むは遇に在り、退くは不遇に在り。尊きに処り顕かに居るは、未だ必ずしも賢ならず、遇うなり。位卑くして下に在るは、未だ必ずしも愚ならず、遇わざるなり。故に遇うは、或いは行いを抱きて桀の朝に尊く、遇わざるは、或いは潔節を持して堯の廷に卑し。遇不遇の所以は、一に非ず。或いは賢にして悪を輔け、或いは大才を以て小才に従い、或いは俱に大才なれども道に清濁有り、或いは道徳無くして技を以て合い、或いは技能無くして色を以て幸せらる。
-
論衡・『論衡』恢國篇第五十八・危機でこそ人の真価が出る谷登り歳平らかなれば、庸主も因縁して以て徳政を建つ。顛沛危殆なれば、聖哲の優れたる者、乃ち功化を立つ。是の故に微病には恒医も皆巧みなれど、篤劇には扁鵲乃ち良し。建初の孟年、無妄の気至る、歳の疾疫なり。
-
論衡・『論衡』自紀篇第八十五・才能と巡り合わせの別且つ達する者は未だ必ずしも知ならず、窮する者は未だ必ずしも愚ならず。遇う者は則ち得、遇わざる者は之を失う。故に夫れ命厚く禄善き者は、庸人も尊顕し、命薄く禄悪しき者は、奇俊も落魄す。偶合を以て材を称し徳を量るに比せば、則ち夫の城を専らにし土を食む者は、材は孔・墨に賢れり。身貴くして名賤しければ、則ち居は潔くして行は墨なり。
-
論衡・『論衡』命祿篇第三・成功を才能だけで語る誤り世の事を論ずる者は、才高ければ当に将相と為るべく、能下き者は宜しく農商と為るべしと以い、智能の士の官位の至らざるを見れば、怪しみてこれを訾りて曰く、「是れ必ず行操に毀有らん」と。行操の士も亦た怪しみてこれを毀りて曰く、「是れ必ず才知に乏しからん」と。殊に知らず、才知行操高しと雖も、官位富祿には命有るを。才智の人、吉盛の時を以て事を挙げて福至れば、人は才智明審なりと謂い、凶哀にして禍来たれば、愚暗なりと謂う。吉凶の命、盛衰の祿を知らざるなり。
-
論衡・『論衡』定賢篇第八十・賢さは口でなく心に宿る故に治は功を謀らず、用うる所の是なるを要す。行は効を責めず、為す所の正しきを期す。正しく是なること審らかに明らかなれば、則ち言は繁きを須いず、事は多きを須いず。故に曰く、「言は多きを務めず、謂う所を審らかにするを務む。行は遠きを務めず、由る所を審らかにするを務む」と。言、道理の心を得れば、口は訥にして辯ならずと雖も、辯は胸臆の内に在り。故に人は心の辯を欲し、口の辯を欲せず。心辯なれば則ち言醜くして違わず、口辨なれば則ち辞好くして成ること無し。
-
論衡・『論衡』程材篇第三十四・評価は上司の好みに従う将は官を以て材を課し、材は官を以て験と為す。是の故に世俗は常に文吏を高しとし、儒生を賤下す。儒生の下、文吏の高きは、本と能わざるの将に由る。世俗の論は、将の好悪に縁る。