論衡 / 『論衡』程材篇第三十四・評価は上司の好みに従う
將以官課材、材以官為驗、是故世俗常高文吏、賤下儒生。儒生之下、文吏之高、本由不能之將。世俗之論、緣將好惡。
新字:将以官課材、材以官為験、是故世俗常高文吏、賤下儒生。儒生之下、文吏之高、本由不能之将。世俗之論、縁将好悪。
書き下し
将は官を以て材を課し、材は官を以て験と為す。是の故に世俗は常に文吏を高しとし、儒生を賤下す。儒生の下、文吏の高きは、本と能わざるの将に由る。世俗の論は、将の好悪に縁る。
現代語訳
上に立つ者は役職の成果で人の力量を測り、人の力量は役職をこなせたかどうかで確かめられます。そのため世間はいつも文吏を高く見て、儒生を低く見ます。しかし儒生が下に置かれ、文吏が高く扱われるのは、もともと人を見抜く力のない上司のせいです。世間の評価は、上司の好き嫌いに引きずられているのです。
解説
程材篇は、儒生と文吏のどちらが優れているかを論じる篇です。この箇所で王充は、世間が文吏をほめて儒生を見下すのは、本人の能力の差ではなく、人を見抜けない上司の好みが評価に映っているだけだと断じます。後漢では役所の実務をこなす文吏が重んじられ、経書を学ぶ儒生は実務に不慣れとして軽く扱われがちでした。現代の職場でも、目の前の成果が出やすい人ばかりが評価され、時間のかかる仕事をする人が見落とされることがあります。評価は評価する側の物差しを映すものだと自覚し、自分の好みで人を測っていないか振り返る手がかりになります。

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評価文吏儒生上司の好み実務人を見る目
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