論衡 / 『論衡』感類篇第五十五・雷雨を怖れたのは成王自身
夫華臣自殺華吳而左師懼、國人自逐狗而華臣自走。成王之畏懼、猶此類也。心疑於不以天子禮葬公、卒遭雷雨之至、則懼而畏過矣。夫雷雨之至、天未必責成王也。雷雨至、成王懼以自責也。
新字:夫華臣自殺華呉而左師懼、国人自逐狗而華臣自走。成王之畏懼、猶此類也。心疑於不以天子礼葬公、卒遭雷雨之至、則懼而畏過矣。夫雷雨之至、天未必責成王也。雷雨至、成王懼以自責也。
書き下し
夫れ華臣は自ら華吳を殺して左師懼れ、国人は自ら狗を逐いて華臣は自ら走る。成王の畏懼も、猶お此の類のごときなり。心に天子の礼を以て公を葬らざるを疑い、卒に雷雨の至るに遭えば、則ち懼れて過ちを畏る。夫れ雷雨の至るは、天は未だ必ずしも成王を責めず。雷雨至りて、成王は懼れて以て自ら責むるなり。
現代語訳
華臣が自ら華吳を殺したために左師は恐れ、国の人が犬を追いかけて走らせたために華臣は自分で逃げ出しました。成王が畏れたのも、これと同じ類のことです。天子の礼で周公を葬らなくてよいのかと心に疑いを持っていたところへ、ちょうど雷雨が来たので、恐れて自分の過ちを畏れたのです。雷雨が来たからといって、天がきっと成王を責めたとは限りません。雷雨が来て、成王が恐れ、自分を責めたのです。
解説
周の成王は、周公の葬り方に迷っていたとき雷雨と暴風に見舞われ、天の怒りだと恐れた、と『尚書』金縢をめぐる伝承にあります。王充は、天が責めたのではなく、疑いを抱えた成王が自らの疚しさを雷雨に重ねたのだと見ます。感類篇は、人の心の動きが天災と結びつけられる仕組みを論じる篇です。現代でも、後ろめたさのある人は、偶然の出来事を自分への批判と受け取りやすいものです。逆に、批判する側も、相手の動揺を事実の証拠とみなしがちです。出来事そのものと、自分の心が付け加えた意味を切り分けるための視点になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
成王周公雷雨疚しさ心理自責
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