尚書 / 金縢
王執書以泣,曰:「其勿穆卜。昔公勤勞王家,惟予沖人弗及知;今天動威,以彰周公之德;惟朕小子其新逆,我國家禮亦宜之。」王出郊,天乃雨,反風,禾則盡起。二公命邦人,凡大木所偃,盡起而築之,歲則大熟。
新字:王執書以泣,曰:「其勿穆卜。昔公勤労王家,惟予沖人弗及知;今天動威,以彰周公之徳;惟朕小子其新逆,我国家礼亦宜之。」王出郊,天乃雨,反風,禾則尽起。二公命邦人,凡大木所偃,尽起而築之,歳則大熟。
書き下し
王書を執りて以て泣きて曰く、「其れ穆卜すること勿かれ。昔公王家に勤労せしに、惟れ予沖人及び知らず。今天威を動かし、以て周公の徳を彰らかにす。惟れ朕小子其れ新たに逆(むか)へん、我が国家の礼も亦之に宜し。」王郊に出づるに、天乃ち雨ふり、風を反し、禾則ち尽く起つ。二公邦人に命じ、凡そ大木の偃す所、尽く起こして之を築かしむ、歳則ち大いに熟す。
現代語訳
王(成王)は書を手に取って泣き、言った。「もう謹んで卜う必要はない。昔、周公は王家のために勤め苦労したのに、幼い私はそれを知ることができなかった。今、天は威を動かして周公の徳を明らかにした。私は自ら新たに(周公を)出迎えよう。我が国家の礼としてもそれがふさわしい。」王が郊外に出ると、天は雨を降らせ、風は逆向きに吹いて、稲はすべて起き上がった。二公(太公望と召公)は国の人々に命じて、倒れた大木をすべて起こして根元の土を固めさせたので、その年は大豊作となった。
解説
金縢篇の結びである。金の帯で封じた箱から、周公が武王の身代わりになろうと祈った記録が見つかり、成王はそれを手に泣いて、流言を信じて叔父を疑った自らの不明を悔いる。成王が周公を迎えに郊外へ出ると、天は雨を降らせ風を逆に吹かせて、嵐で倒れた稲を起こし、その年は豊作となった。天災は周公の忠誠が隠されていたことへの天の怒りであり、王が過ちを改めると天もまた応える、という天人相関の考え方がよく表れている。後世の儒家は、この篇を周公の忠誠と成王の改心の物語として重んじた。誤解は弁明の言葉よりも、時が来て明らかになる事実によって解けることがあり、上に立つ者は誤りに気づいたとき、ためらわず自ら出向いて改めることが信頼を取り戻す道になる。
関連する章句
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史記 魯周公世家周公卒して後、秋未だ穫らざるに、暴風雷雨ありて、禾斯に偃し、大木斯に抜く。周国大いに恐る。成王、大夫と朝服して以て金縢の書を開き、王乃ち周公の自ら以て功と為して武王に代らんとせしの説を得たり。二公及び王乃ち史・百執事に問ふ。史・百執事曰く、「信に有り。昔、周公我に命じて敢て言ふ勿からしむ」と。成王、書を執りて以て泣きて、曰く、「今より後、其れ繆卜する無からんか。昔、周公は王家に勤労す。惟れ予幼人、知るに及ばず。今、天、威を動かして以て周公の徳を彰す。惟れ朕小子其れ迎へん。我が国家の礼も亦之に宜し」と。王郊に出づ。天乃ち雨ふり、風を反し、禾尽く起く。
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尚書・金縢既に商に克つこと二年、王疾有り、豫(よろこ)ばず。二公曰く、「我其れ王の為に穆(つつし)みて卜せん。」周公曰く、「未だ以て我が先王を戚(うれ)へしむべからず。」公乃ち自ら以て功(ことがら)と為し、三壇を為りて墠(ぜん)を同じくす。壇を南方に為り、北面して周公立つ。璧を植(お)き珪を秉り、乃ち太王・王季・文王に告ぐ。史乃ち冊祝して曰く、「惟れ爾の元孫某、厲虐の疾に遘(あ)ふ。若し爾三王、是れ丕子の責を天に有らば、旦を以て某の身に代へよ。予仁にして考(たく)みなること若く、能く多材多芸にして、能く鬼神に事ふ。乃の元孫は旦の多材多芸なるに若かず、鬼神に事ふる能はず。乃ち帝庭に命ぜられ、四方を敷佑し、用て能く爾の子孫を下地に定め、四方の民、祗み畏れざる罔し。嗚呼(ああ)、天の降せる宝命を墜とすこと無くんば、我が先王も亦永く依帰する有らん。今我即ち元亀に命(き)かん。爾の我に許さば、我其れ璧と珪とを以て、帰りて爾の命を俟たん。爾我に許さずんば、我乃ち璧と珪とを屏(しりぞ)けん。」乃ち三亀に卜するに、一に習(かさ)ねて吉なり。籥(やく)を啓きて書を見るに、乃ち并びに是れ吉なり。公曰く、「体、王其れ害罔からん。予小子新たに命を三王に受け、惟れ永終を是れ図る、茲に俟つ攸は、能く予一人を念へばなり。」公帰りて、乃ち冊を金縢の匱の中に納む。王翌日乃ち瘳(い)ゆ。武王既に喪(ほろ)び、管叔及び其の群弟乃ち国に流言して曰く、「公将に孺子に利あらざらんとす。」周公乃ち二公に告げて曰く、「我の辟(さ)けずんば、我以て我が先王に告ぐる無からん。」周公東に居ること二年、則ち罪人斯(ここ)に得らる。後に于いて、公乃ち詩を為りて以て王に貽(おく)り、之を名づけて『鴟鴞(しきょう)』と曰ふ。王も亦未だ敢て公を誚(せ)めず。秋大いに熟し、未だ獲らざるに、天大いに雷電して以て風ふき、禾尽く偃(ふ)し、大木斯に抜け、邦人大いに恐る。王と大夫と尽く弁して、以て金縢の書を啓き、乃ち周公の自ら以て功と為して武王に代はらんとせし説を得たり。二公及び王乃ち諸を史と百執事とに問ふ。対へて曰く、「信なり。噫、公我に命じて敢て言ふこと勿からしむ。」
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史記 魯周公世家乃ち帝庭に命ぜられて、四方を敷き佑け、用て能く汝の子孫を下地に定め、四方の民敬ひ畏れざる罔し。天の降せる葆命を墜す無くんば、我が先王も亦永く依り帰する所有らん。今我其れ命を元亀に即く。爾の我に許さば、我其の璧と圭とを以て帰り、以て爾の命を俟たん。爾我に許さずんば、我乃ち璧と圭とを屏けん」と。周公已に史をして策もて太王・王季・文王に告げしめ、武王発に代らんと欲す。是に於て乃ち三王に即きて卜す。卜人皆吉と曰ふ。書を発きて之を視るに、信に吉なり。周公喜び、籥を開き、乃ち書を見るに吉に遇ふ。周公入りて武王を賀して曰く、「王其れ害無し。旦新たに命を三王に受く、維れ長く終へんことを是れ図る。茲の道、能く予一人を念ふ」と。周公、其の策を金縢の匱の中に蔵し、守る者を誡めて敢て言ふ勿からしむ。明日、武王瘳ゆる有り。
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尚書・洛誥師に居り、宗を惇くし礼を将(おこな)ひ、元祀を称秩し、咸く秩して文無きものまで祀らしむ。惟れ公の徳は上下に明光し、勤めて四方に施し、旁く穆穆を作し、衡を御して迷はず、文武の勤教あり。予沖子は夙夜祀を毖(つつし)まん。」王曰く、「公の功は棐迪篤く、時(こ)れに若はざる罔し。」王曰く、「公、予小子は其れ退きて周に即辟し、公に命じて後(とど)めん。四方迪(すす)みて乱(おさ)まれども、未だ宗礼を定むるに及ばず、亦未だ公の功を敉(を)ふる克はず。迪(みちび)きて其の後を将ひ、我が士・師・工を監し、誕いに文武の受けし民を保ち、乱めて四輔と為れ。」王曰く、「公定まれ、予は往かんのみ。公の功は粛将祗歓せらる。公、我を困しむる無かれ。惟れ其の康事に斁(いと)ふこと無く、公替(す)つる勿く、四方に刑(のり)とならば、其れ世々享けん。」周公拝手稽首して曰く、「王、予に命じて来たりて乃の文祖の受命の民を承保し、越(およ)び乃の光烈なる考武王を弘めしむ、朕恭す。孺子来たりて宅を相(み)、其れ大いに殷の献民を惇典し、乱めて四方の新辟と為り、周の恭先と作れ。曰く、其れ時より中乂すれば、万邦咸休し、惟れ王に成績有らん。予旦、多子越び御事を以て、前人の成烈を篤くし、其の師に答へ、周の孚先と作らん。朕が昭子の刑を考へ、乃ち文祖の徳を単(つく)さん。伻をして来たりて殷を毖(いまし)めしめ、乃ち命じて予を寧(やす)んずるに秬鬯二卣を以てし、曰く、『明禋し、拝手稽首して休く享せよ』と。予敢へて宿せず、則ち文王・武王に禋す。恵みて篤く叙し、自ら疾に遘ふこと有る無く、万年乃の徳に猒(あ)き、殷乃ち引考せん。王、殷をして乃ち承叙せしめば、万年其れ永く朕が子の徳を懐くを観ん。」戊辰、王、新邑に在りて烝祭し、歳に文王に騂牛一、武王に騂牛一。王、作冊逸に命じて祝冊せしめ、惟れ周公其の後(とど)まるを告ぐ。王の賓、殺し禋し、咸く格る。王、太室に入りて祼す。王、周公に命じて後めしめ、作冊逸誥す。十有二月に在り。惟れ周公誕いに文武の受命を保つこと、惟れ七年なり。
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尚書・武成惟れ一月壬辰、旁死魄、越(ここ)に翼日癸巳、王朝に周より歩み、于(ゆ)きて商を征伐す。厥の四月哉生明、王商より来り豊に至る。乃ち武を偃(ふ)せて文を修む。馬を華山の陽に帰し、牛を桃林の野に放ち、天下に服せざるを示す。丁未、周廟に祀る、邦甸・侯・衛、駿(すみや)かに奔走し、豆籩を執る。越に三日庚戌、柴望して大いに武の成るを告ぐ。既生魄、庶邦の冢君、百工と暨に、命を周に受く。王若(かく)のごとく曰く、「嗚呼(ああ)、群后よ、惟れ先王邦を建て土を啓く。公劉克く前烈を篤くし、大王に至りて、肇めて王跡を基し、王季其れ王家に勤む。我が文考文王、克く厥の勛を成し、誕いに天命を膺(う)け、以て方夏を撫す。大邦は其の力を畏れ、小邦は其の徳を懐く。惟れ九年、大統未だ集(な)らず。予小子其れ厥の志を承く。商の罪を厎(いた)し、皇天后土、過ぐる所の名山大川に告げて、曰く、『惟れ有道の曾孫周王発、将に大いに商を正すこと有らんとす』と。今商王受無道にして、天物を暴殄し、烝民を害虐し、天下逋逃の主と為り、淵藪に萃(あつ)まる。予小子既に仁人を獲たり、敢て祇みて上帝を承け、以て乱略を遏(とど)めん。華夏蛮貊、率ひ俾(したが)はざる罔く、天の成命を恭しむ。肆に予東征して、厥の士女を綏んず。惟れ其の士女、厥の玄黄を篚(ひ)にして、我が周王を昭らかにす。天休震動し、用て我が大邑周に附く。惟れ爾神有り、尚はくは克く予を相け、以て兆民を済ひ、神の羞を作すこと無かれ。」既に戊午、師孟津を逾え、癸亥、商の郊に陳し、天の休命を俟つ。甲子昧爽、受其の旅を率ゐること林の若く、牧野に会す。我が師に敵する有る罔く、前徒戈を倒にし、後を攻めて以て北(に)ぐ、血流れて杵を漂はす。一たび戎衣して、天下大いに定まる。乃ち商の政を反し、政旧に由る。箕子の囚を釈き、比干の墓に封し、商容の閭に式す。鹿台の財を散じ、鉅橋の粟を発す。大いに四海に賚(たま)ひて、万姓悦服す。爵を列ぬること惟れ五、土を分かつこと惟れ三。官を建つること惟れ賢、事に位すること惟れ能。民の五教を重んじ、惟れ食・喪・祭。信を惇くし義を明らかにし、徳を崇び功に報い、垂拱して天下治まる。
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尚書・洛誥周公拝手稽首して曰く、「朕、子に明辟を復す。王は敢へて天の基命・定命に及ばざるが如し。予乃ち胤ぎて保(たす)け、大いに東土を相(み)て、其れ基めて民の明辟と作らしめんとす。予惟れ乙卯、朝に洛師に至る。我、河朔の黎水を卜す。我乃ち澗水の東、瀍水の西を卜するに、惟れ洛のみ食す。我又瀍水の東を卜するに、亦惟れ洛のみ食す。伻(使)をして来たらしめ、図及び献卜を以てす。」王拝手稽首して曰く、「公は敢へて天の休を敬せずんばあらず、来たりて宅を相(み)、其れ周の匹と作す。休(よ)きかな、公既に宅を定め、伻をして来たらしめ、来たりて予に卜を視しむ。休にして恒に吉なり、我二人共に貞す。公其れ予を以て万億年、天の休を敬せよ。拝手稽首して誨言す。」周公曰く、「王肇めて殷礼を称(あ)げ、新邑に祀り、咸(みな)秩して文無きものまで祀れ。予、百工を斉へ、伻をして王に周より従はしむ。予惟れ曰く、庶(こひねが)はくは事有らんと。今王即ち命じて曰く、『功宗を記し、功を以て元祀を作せ』と。惟れ命じて曰く、『汝命を受けて篤く弼(たす)けよ。丕いに功載を視、乃ち汝其れ悉く自ら工を教へよ』と。孺子其れ朋せよ、孺子其れ朋せよ、其の往くを慎め。火の始めて燄燄たるが若く、厥の灼くる攸の叙、其の絶えざること無かれ。彝及び事を撫すること、予の如く惟れ周に在る工を以て新邑に往き、伻して即ち僚有るに嚮はしめ、明らかに功有るを作し、大いに成すを惇くせよ。裕かに汝永く辞有らん。」公曰く、「已(ああ)!汝惟れ沖子なり、惟れ終へよ。汝其れ敬して百辟の享を識り、亦其の享せざる有るを識れ。享は儀多し。儀、物に及ばざれば、惟れ享せずと曰ふ。惟れ志を享に役せざればなり。凡そ民惟れ享せずと曰へば、惟れ事其れ爽侮す。乃ち惟れ孺子頒(わか)て、朕は聴くに暇あらず。朕、汝に棐民の彝を教ふ。汝乃ち是れ蘉(つと)めずんば、乃ち時れ惟れ永からざらんかな。篤く乃の正・父を叙すれば、若(したが)はざる罔し。予敢へて乃の命を廃せず。汝往け、敬せよや。茲に予其れ農を明らかにせんかな。彼の裕かなる我が民は、遠きも用て戻らざる無し。」王若(かく)のごとく曰く、「公、明らかに予沖子を保(たす)けよ。公は丕顕の徳を称げ、予小子を以て文武の烈を揚げしむ。天命に奉答し、四方の民を和恒し、
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