酔古堂剣掃 / 集醒・五更の頭に撿點す
要知自家是君子小人,只於五更頭檢點,思想的是甚麼便見得。
新字:要知自家是君子小人,只於五更頭検点,思想的是甚麼便見得。
書き下し
自家の是れ君子か小人かを知らんと要せば、只だ五更の頭に於いて撿點し、思想する的是れ甚麼なるかを便ち見得ん。
現代語訳
自分が君子なのか小人なのかを知りたければ、ただ明け方の目覚めの時に点検してみることです。そのとき何を考えているかを見れば、すぐにわかります。
解説
自分の人柄を知るための、具体的で鋭い方法を示した一則です。五更は夜を五つに分けた最後の時刻で、明け方の四時前後にあたります。まだ一日の雑事に心が乱されていない、目覚めたばかりの時です。そのとき最初に心に浮かぶことが、その人の本当の関心であり、人柄だというのです。利益のことや人への恨みを考えているなら小人、人の役に立つことや道のことを考えているなら君子だということになります。『孟子』の夜気、平旦の気という考えにも通じます。明日の朝、目覚めたときに何を考えているか、試しに観察してみてください。自分の本心が思いのほかはっきり見えるかもしれません。
この章句が説くこと
君子小人自省修身本心
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