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論衡 / 『論衡』問孔篇第二十八・問い糾すことは義に背かない

凡學問之法、不為無才、難於距師、核道實義、証定是非也。問難之道、非必對聖人及生時也。世之解說說人者、非必須聖人教告、乃敢言也。苟有不曉解之問、(迢)〔追〕難孔子、何傷於義?

新字:凡学問之法、不為無才、難於距師、核道実義、証定是非也。問難之道、非必対聖人及生時也。世之解説説人者、非必須聖人教告、乃敢言也。苟有不暁解之問、(迢)〔追〕難孔子、何傷於義?

書き下し

凡そ学問の法は、才無きが為ならず、師を距むに難く、道を核し義を実にして、是非を証定するなり。問難の道は、必ずしも聖人及び生時に対するにあらざるなり。世の解説して人に説く者は、必ずしも聖人の教告を須ちて、乃ち敢えて言うにあらざるなり。苟くも暁解せざるの問い有れば、孔子を追難すとも、何ぞ義を傷つけん。

現代語訳

そもそも学問の方法とは、才能がないからではなく、師に異を唱えることが難しい中で、道理を突き詰め、意味を確かめて、是非を定めることです。問い糾す道は、必ずしも聖人本人に、生きている時に向けるものではありません。世の中で解釈して人に説く者も、聖人の教えがあってはじめて敢えて口にするわけではありません。もし理解できない疑問があるなら、時を遡って孔子に問い質したとしても、義にどんな害があるでしょうか。

解説

王充が、なぜ孔子の言葉にさえ疑問を向けるのかを述べた箇所です。師に逆らうことは難しいが、学問とは本来、道理を確かめて是非を定める営みだと主張します。当時の儒学は師の説を守る風潮が強く、この態度は異端と受け取られました。現代の仕事では、先人の方法や上司の指示に疑問を持つことが、失礼や反抗と受け取られることがあります。しかし、納得できない点を筋道立てて問うことは、組織を良くするための行為です。問い方を整えれば、疑うことと敬うことは両立します。
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この章句が説くこと

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