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論衡 / 『論衡』問孔篇第二十八・小さな過ちへの大きな叱責

問曰:晝寢之惡也、小惡也;朽木糞土、敗毀不可復成之物、大惡也。責小過以大惡、安能服人?使宰我性不善、如朽木糞土、不宜得入孔子之門、序在四科之列。使性善、孔子惡之、惡之太甚、過也;人之不仁、疾之已甚、亂也。孔子疾宰予、可謂甚矣。使下愚之人涉耐罪(之)、獄吏令以大辟之罪、必冤而怨邪?將服而自咎也?使宰我愚、則與涉耐罪之人同志;使宰我賢、知孔子責人、幾微自改矣。明文以識之、流言以過之、以其言示端而已自改。自改不在言之輕重、在宰予能更與否。

新字:問曰:昼寝之悪也、小悪也;朽木糞土、敗毀不可復成之物、大悪也。責小過以大悪、安能服人?使宰我性不善、如朽木糞土、不宜得入孔子之門、序在四科之列。使性善、孔子悪之、悪之太甚、過也;人之不仁、疾之已甚、乱也。孔子疾宰予、可謂甚矣。使下愚之人渉耐罪(之)、獄吏令以大辟之罪、必冤而怨邪?将服而自咎也?使宰我愚、則与渉耐罪之人同志;使宰我賢、知孔子責人、幾微自改矣。明文以識之、流言以過之、以其言示端而已自改。自改不在言之軽重、在宰予能更与否。

書き下し

問うて曰く、昼寝の悪は、小悪なり。朽木糞土は、敗毀して復た成すべからざるの物にして、大悪なり。小過を責むるに大悪を以てせば、安んぞ能く人を服せしめん。宰我をして性不善にして、朽木糞土の如くならしめば、宜しく孔子の門に入りて、序して四科の列に在るを得べからず。性善なるを使て、孔子之を悪むは、悪むこと太だ甚しく、過ちなり。人の不仁を、疾むこと已甚しきは、乱なり。孔子の宰予を疾むは、甚しと謂うべし。下愚の人をして耐罪に涉らしめ、獄吏に大辟の罪を以て令せしめば、必ず冤として怨まんか。将た服して自ら咎めんか。宰我をして愚ならしめば、則ち耐罪の人と志を同じくす。宰我をして賢ならしめば、孔子の人を責むるを知りて、幾微にして自ら改めん。文を明らかにして以て之を識し、流言して以て之を過ぎ、其の言を以て端を示せば已に自ら改む。自ら改むるは言の軽重に在らず、宰予の能く更むると否とに在り。

現代語訳

問います。昼寝という過ちは、小さな過ちです。朽木や糞土は、崩れ壊れて二度と形にならないもので、大きな悪にたとえられます。小さな過ちを大きな悪にたとえて責めて、人を納得させられるでしょうか。もし宰我の性質が悪く、朽木や糞土のようであれば、孔子の門下に入り、四科の列に並ぶことはできなかったはずです。もし性質が善いのに孔子が憎んだのなら、憎み方がひど過ぎて、過ちです。不仁の人を憎み過ぎるのは、混乱のもとです。孔子が宰予を憎んだことは、ひど過ぎると言えます。愚かな人が軽い罪を犯して、獄吏に死罪を言い渡されたら、必ず冤罪だと恨むでしょうか。それとも納得して自分を責めるでしょうか。宰我が愚かなら、軽い罪の者と同じ心境でしょう。宰我が賢いなら、孔子が人を責めるやり方を知って、わずかな示唆で自ら改めるでしょう。はっきり書き記し、言葉で責めるまでもなく、端緒を示すだけで自ら改めます。改まるかどうかは叱責の重さではなく、宰予が改められるかどうかにかかっています。

解説

論語で孔子が宰我の昼寝を叱った場面に、王充が疑問を投げる箇所です。小さな過ちに対して、朽木や糞土という強い言葉を使うのは釣り合わないという指摘です。孔子の意図は他にもあり得ますが、王充は叱責の釣り合いと効果に着目しました。現代の指導にも通じる視点です。部下の小さな失敗に強い言葉で臨むと、相手は納得よりも反発を抱きます。人が改まるかどうかは叱責の強さではなく、本人の受け止め方と、伝え方の的確さで決まります。叱る前に、何を変えてほしいのかを絞って伝える工夫が要ります。
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この章句が説くこと

叱責昼寝宰予釣り合い改める指導

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