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論衡 / 『論衡』禍虛篇第二十一・結果から過去の罪を逆算しない

夫不侯、猶不王者也。不侯何恨、不王何負乎?孔子不王、論者不謂之有負;李廣不侯、王朔謂之有恨。然則王朔之言、失論之實矣。

新字:夫不侯、猶不王者也。不侯何恨、不王何負乎?孔子不王、論者不謂之有負;李広不侯、王朔謂之有恨。然則王朔之言、失論之実矣。

書き下し

夫れ侯とならざるは、猶お王とならざる者のごとし。侯とならざるに何の恨みかあらん、王とならざるに何の負かあらんや。孔子は王とならざりしが、論者之を負有りと謂わず。李広は侯とならざりしが、王朔は之を恨み有りと謂う。然らば則ち王朔の言は、論の実を失えり。

現代語訳

侯に封ぜられないのは、王になれないのと同じことです。侯になれないことに、どんな恨むべきことがあるでしょうか。王になれないことに、どんな負い目があるでしょうか。孔子は王にならなかったが、論者は孔子に落ち度があったとは言いません。李広は侯にならなかったが、王朔はそれを恨むべき過ちがあったせいだと言いました。そうであれば、王朔の言葉は、論の実を見失っています。

解説

前漢の名将李広は、匈奴との戦いに功を重ねたのに、封侯されませんでした。望気者の王朔は、李広が降伏した羌人八百余人を騙し討ちにしたことを挙げ、それが原因だと語ります。王充は、孔子が王になれなかったことを誰も孔子の罪とは言わないと指摘し、結果から原因を後付けする見方を退けます。振るわなかった人を見て、過去の失敗から理由を探してしまうのは、今も起きやすい癖です。結果と原因の間に本当に筋道があるのか、一度立ち止まって確かめたいものです。
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この章句が説くこと

李広王朔封侯後付け孔子因果

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