十善法語 / 巻第七・不兩舌戒
此善惡報應。智者ノ小心翼翼トシテ。終ニ聖慧明ヲ得ル處シヤ。愚人モ終ニ非ヲ改メ過ヲ悔ヰ。闇ヨリ明ニ趣ク處シヤ。聲聞乘ノ人ノ厭背シテ禪定智慧ヲ發スル基シヤ。菩薩乘ノ人ノ大慈悲心相應スル處シヤ。此生死業果ナクハ一切賢聖モ大道ヲ窮ルコトナク。諸佛出世シテ衆生ヲ利益シタマフコトナキシヤ。眞正ノ道人此中ニ實相ニ達スル。果ヲ見テ因ニ達スル。是ナク非ナク。得ナク失ナシ。此身此ニ在テ逈然トシテ世外ニ遊フ。因ヲ看テ果ニ通スル。自ナク他ナク。縛ナク脫ナシ。唯善相應シテ常ニ世人ヲ利益スルシヤ。
新字:此善悪報応。智者ノ小心翼翼トシテ。終ニ聖慧明ヲ得ル処シヤ。愚人モ終ニ非ヲ改メ過ヲ悔ヰ。闇ヨリ明ニ趣ク処シヤ。声聞乗ノ人ノ厭背シテ禅定智慧ヲ発スル基シヤ。菩薩乗ノ人ノ大慈悲心相応スル処シヤ。此生死業果ナクハ一切賢聖モ大道ヲ窮ルコトナク。諸仏出世シテ衆生ヲ利益シタマフコトナキシヤ。真正ノ道人此中ニ実相ニ達スル。果ヲ見テ因ニ達スル。是ナク非ナク。得ナク失ナシ。此身此ニ在テ逈然トシテ世外ニ遊フ。因ヲ看テ果ニ通スル。自ナク他ナク。縛ナク脱ナシ。唯善相応シテ常ニ世人ヲ利益スルシヤ。
書き下し
此善悪報応。智者ノ小心翼翼トシテ。終ニ聖慧明ヲ得ル処シヤ。愚人モ終ニ非ヲ改メ過ヲ悔ヰ。闇ヨリ明ニ趣ク処シヤ。声聞乗ノ人ノ厭背シテ禅定智慧ヲ発スル基シヤ。菩薩乗ノ人ノ大慈悲心相応スル処シヤ。此生死業果ナクハ一切賢聖モ大道ヲ窮ルコトナク。諸仏出世シテ衆生ヲ利益シタマフコトナキシヤ。真正ノ道人此中ニ実相ニ達スル。果ヲ見テ因ニ達スル。是ナク非ナク。得ナク失ナシ。此身此ニ在テ逈然トシテ世外ニ遊フ。因ヲ看テ果ニ通スル。自ナク他ナク。縛ナク脱ナシ。唯善相応シテ常ニ世人ヲ利益スルシヤ。
現代語訳
この善悪の報いは、智者が慎み深く心を配って、ついに聖なる智慧の明るさを得るところである。愚かな人もついには非を改め過ちを悔いて、闇から明るみへ向かうところである。声聞乗の人が世を厭い背いて禅定と智慧を起こす基である。菩薩乗の人が大慈悲心と相応するところである。この生死の業と果がなければ、一切の賢聖も大道を極めることはなく、諸仏が世に出て衆生を利益されることもないのである。まことの道人はこの中で実相に達する。果を見て因に達する。是もなく非もなく、得もなく失もない。この身はここにあって、はるかに世の外に遊ぶ。因を見て果に通じる。自もなく他もなく、縛りもなく解脱もない。ただ善と相応して、常に世の人を利益するのである。
解説
この章句が説くこと
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