論衡 / 『論衡』異虛篇第十八・龍に舟を担がれても動じない
禹南濟於江、有黃龍負舟。舟中之人、五色無主。禹乃嘻笑而稱曰:「我受命於天、竭力以勞萬民。生寄也、死歸也。死歸也、何足以滑和、視龍猶蜓也。」龍去而亡。
新字:禹南済於江、有黄竜負舟。舟中之人、五色無主。禹乃嘻笑而称曰:「我受命於天、竭力以労万民。生寄也、死帰也。死帰也、何足以滑和、視竜猶蜓也。」竜去而亡。
書き下し
禹、南のかた江を済るに、黄龍の舟を負うこと有り。舟中の人、五色主無し。禹、乃ち嘻笑して称して曰く、「我は命を天に受け、力を竭くして以て万民を労う。生は寄なり、死は帰なり。死は帰なり、何ぞ以て和を滑すに足らん。龍を視ること蜓の猶し」と。龍去りて亡ゆ。
現代語訳
禹が南のほうで長江を渡ると、黄龍が舟を背に負いました。舟の中の人々は顔色を失い、取り乱しました。禹はからりと笑って言いました。「私は天から命を受け、力を尽くして万民のために働いている。生は仮の宿り、死は帰ること。死が帰ることなら、どうして心の和を乱すに足りよう。龍など、とかげの類と変わらない。」龍は去って見えなくなりました。
解説
殷の高宗の時の桑と穀物の怪異を論じる篇の中で、吉凶の見方が人によって分かれることの例の一つとして引かれる話です。黄龍に舟を持ち上げられ、舟中の人が青ざめる中、禹は笑って、生は仮の宿り、死は帰ることだと述べ、龍を取るに足りない存在とみなしました。王充がここで強調するのは吉凶の判定の側ですが、危機に慌てる周囲を前に、自分の使命と覚悟を言葉にして落ち着かせる姿は、現場を預かる人の手本にもなります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
禹黄竜生寄死帰天命泰然危機
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