論衡 / 『論衡』變虛篇第十七・起きることを自分の手柄にする
齊景公問太卜曰:「子之道何能?」對曰:「能動地。」晏子往見公、公曰:「寡人問太卜曰:「子道何能?」對曰:「能動地。」地固可動乎?」晏子嘿然不對、出見太卜曰:「昔吾見鉤星在房、心之間、地其動乎?」太卜曰:「然。」晏子出、太卜走見公:「臣非能動地、地固將自動。」夫子韋言星徙、猶太卜言地動也。地固且自動、太卜言己能動之。星固將自徙、子韋言君能徙之。
新字:斉景公問太卜曰:「子之道何能?」対曰:「能動地。」晏子往見公、公曰:「寡人問太卜曰:「子道何能?」対曰:「能動地。」地固可動乎?」晏子嘿然不対、出見太卜曰:「昔吾見鉤星在房、心之間、地其動乎?」太卜曰:「然。」晏子出、太卜走見公:「臣非能動地、地固将自動。」夫子韋言星徙、猶太卜言地動也。地固且自動、太卜言己能動之。星固将自徙、子韋言君能徙之。
書き下し
斉の景公、太卜に問いて曰く、「子の道は何をか能くする」と。対えて曰く、「能く地を動かす」と。晏子往きて公に見ゆ。公曰く、「寡人、太卜に問いて曰く、『子の道は何をか能くする』と。対えて曰く、『能く地を動かす』と。地は固より動かすべけんや」と。晏子、嘿然として対えず。出でて太卜に見えて曰く、「昔、吾れ鉤星の房・心の間に在るを見たり。地は其れ動かんか」と。太卜曰く、「然り」と。晏子出ずれば、太卜走りて公に見えて曰く、「臣、能く地を動かすに非ず。地、固より将に自ら動かんとす」と。夫れ子韋の星徙ると言うは、猶お太卜の地動くと言うがごときなり。地、固より且に自ら動かんとするに、太卜は己れ能く之を動かすと言う。星、固より将に自ら徙らんとするに、子韋は君能く之を徙すと言うなり。
現代語訳
斉の景公が太卜に「あなたの術は何ができるのか」と尋ねると、「地を動かせます」と答えました。晏子が行って公に会うと、公は言いました。「私は太卜に、あなたの術は何ができるかと尋ねたところ、地を動かせると答えた。地は本当に動かせるものだろうか。」晏子は黙って答えず、退出して太卜に会って言いました。「先ごろ私は、鉤星が房宿と心宿の間にあるのを見た。地が動くのではないか。」太卜は「そのとおりです」と言いました。晏子が出ていくと、太卜は走って公に会い、「私が地を動かせるのではございません。地がもともと自ら動こうとしているのです」と言いました。さて、子韋が星が移ったと言うのは、太卜が地が動くと言うのと同じです。地がもともと自ら動こうとしているのに、太卜は自分が動かせると言い、星がもともと自ら移ろうとしているのに、子韋は君が移したと言うのです。
解説

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