淮南子 / 道應訓
景公謂太卜曰:「子之道何能?」對曰:「能動地。」晏子往見公,公曰:「寡人問太卜曰:『子之道何能?』對曰:『能動地。』地可動乎?」晏子默然不對。出,見太卜,曰:「昔吾見句星在房、心之間,地其動乎?」太卜曰:「然」。晏子出。太卜走往見公曰:「臣非能動地,地固將動也。」田子陽聞之,曰:「晏子默然不對者,不欲太卜之死;往見太卜者,恐公之欺也。晏子可謂忠於上而惠於下矣。」故老子曰:「方而不割,廉而不劌。」
新字:景公謂太卜曰:「子之道何能?」対曰:「能動地。」晏子往見公,公曰:「寡人問太卜曰:『子之道何能?』対曰:『能動地。』地可動乎?」晏子黙然不対。出,見太卜,曰:「昔吾見句星在房、心之間,地其動乎?」太卜曰:「然」。晏子出。太卜走往見公曰:「臣非能動地,地固将動也。」田子陽聞之,曰:「晏子黙然不対者,不欲太卜之死;往見太卜者,恐公之欺也。晏子可謂忠於上而恵於下矣。」故老子曰:「方而不割,廉而不劌。」
書き下し
景公 太卜に謂いて曰く、「子の道は何をか能くする」と。對えて曰く、「能く地を動かす」と。晏子 往きて公に見ゆ。公曰く、「寡人 太卜に問いて曰く、『子の道は何をか能くする』と。對えて曰く、『能く地を動かす』と。地 動かす可きか」と。晏子 默然として對えず。出でて、太卜に見えて曰く、「昔 吾 句星の房・心の間に在るを見たり。地 其れ動かんか」と。太卜曰く、「然り」と。晏子 出づ。太卜 走り往きて公に見えて曰く、「臣 能く地を動かすに非ず。地 固より將に動かんとするなり」と。田子陽 之を聞きて曰く、「晏子の默然として對えざるは、太卜の死を欲せざればなり。往きて太卜に見ゆるは、公の欺かるるを恐るればなり。晏子は上に忠にして下に惠ありと謂う可し」と。故に老子曰く、「方にして割かず、廉にして劌らず」と。
現代語訳
景公が占い官に言った、「おまえの術は何ができるのか」。答えて言った、「地を動かせます」。晏子が公に会いに行った。公は言った、「私は占い官に『おまえの術は何ができるのか』と問うた。答えて『地を動かせます』と言った。地は動かせるものか」。晏子は黙って答えなかった。退出して、占い官に会って言った、「先ごろ私は、句星が房と心のあいだにあるのを見た。地が動くのではないか」。占い官は言った、「そのとおりです」。晏子は出て行った。占い官は走って公に会いに行き、言った、「私が地を動かせるのではありません。地がもともと動こうとしているのです」。田子陽はこれを聞いて言った、「晏子が黙って答えなかったのは、占い官を死なせたくなかったからだ。占い官に会いに行ったのは、公が欺かれるのを恐れたからだ。晏子は上に忠であり、下に恵み深いといえる」。だから老子は言った、「四角くても切り裂かず、鋭くても傷つけない」。
解説
この章句が説くこと
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