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論衡 / 『論衡』初稟篇第十二・吉兆は偶然の符合にすぎない

吉人舉事、無不利者。人徒不召而至、瑞物不招而來、黯然諧合、若或使之、出門聞(告)〔吉〕、顧睨見善、自然道也。文王當興、赤雀適來;魚躍烏飛、武王偶見:非天使雀至白魚來也、吉物動飛而聖遇也。白魚入於王舟、王陽曰:「偶適也。」光祿大夫劉琨前為弘農太守、虎渡何。光武皇帝曰:「偶適自然、非或使之也。」故夫王陽之言適、光武之曰偶、可謂合於自然也。

新字:吉人舉事、無不利者。人徒不召而至、瑞物不招而来、黯然諧合、若或使之、出門聞(告)〔吉〕、顧睨見善、自然道也。文王当興、赤雀適来;魚躍烏飛、武王偶見:非天使雀至白魚来也、吉物動飛而聖遇也。白魚入於王舟、王陽曰:「偶適也。」光禄大夫劉琨前為弘農太守、虎渡何。光武皇帝曰:「偶適自然、非或使之也。」故夫王陽之言適、光武之曰偶、可謂合於自然也。

書き下し

吉人、事を挙ぐれば、利あらざる者無し。人徒は召さずして至り、瑞物は招かずして来たり、黯然として諧合し、或いは之を使うが若し。門を出でて吉を聞き、顧み睨みて善を見るは、自然の道なり。文王の当に興るべきとき、赤雀適たま来たり、魚躍り烏飛び、武王偶たま見る。天の雀をして至らしめ白魚をして来たらしむるに非ざるなり。吉物の動き飛びて、聖の遇うなり。白魚、王の舟に入り、王陽曰く、「偶適なり」と。光禄大夫劉琨、前に弘農太守たりしとき、虎、河を渡る。光武皇帝曰く、「偶適にして自然なり。或いは之を使うに非ざるなり」と。故に夫の王陽の言う適、光武の曰う偶は、自然に合すと謂うべし。

現代語訳

めでたい人が事を起こせば、うまくいかないことはありません。人々は呼ばなくても集まり、瑞兆は招かなくてもやって来て、ひそやかにぴたりと合い、まるで誰かが仕向けたかのようです。門を出れば吉い知らせを聞き、振り返れば善いものが目に入る。これが自然のありようです。文王が興ろうとするときに赤い雀がたまたま飛んで来て、魚が躍り烏が飛び、武王がたまたまそれを目にしたのです。天が雀を来させ、白い魚を来させたのではなく、吉いものが動き飛ぶところに聖人が行き合ったのです。白い魚が王の舟に入ったとき、王陽は「たまたま行き合っただけだ」と言いました。光禄大夫の劉琨が以前、弘農太守だったとき、虎が河を渡りました。光武皇帝は「たまたま重なっただけで、自然のことだ。誰かが仕向けたのではない」と言いました。ですから王陽の言う「適」、光武の言う「偶」は、自然に合った言葉だと言えます。

解説

王充は、周の文王や武王の前に赤い雀や白い魚が現れたのは天命の証だという通説に反対し、吉い出来事とたまたま行き会っただけだと述べます。根拠として挙げるのは、虎が河を渡ったのを見た光武帝が、偶然が重なっただけだと語った話です。王充は後漢の人で、天命と祥瑞を語る当時の風潮に正面から異を唱えました。成功したあとに、あれは前兆だった、必然だったと物語を付けたくなるのは、今の職場でも変わりません。うまくいった要因を運と実力に分けて見直すことが、次の判断を冷静にします。
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この章句が説くこと

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