論衡 / 『論衡』辨祟篇第七十二・吉凶の記憶は都合よく選ばれる
凡人在世、不能不作事、作事之後、不能不有吉凶。見吉則指以為前時擇日之福、見凶則刺以為往者觸忌之禍。多或擇日而得禍、觸忌而獲福。工伎射事者欲遂其術、見禍忌而不言、聞福匿而不達、積禍以驚不慎、列福以勉畏時。
新字:凡人在世、不能不作事、作事之後、不能不有吉凶。見吉則指以為前時択日之福、見凶則刺以為往者触忌之禍。多或択日而得禍、触忌而獲福。工伎射事者欲遂其術、見禍忌而不言、聞福匿而不達、積禍以驚不慎、列福以勉畏時。
書き下し
凡そ人の世に在るや、事を作さざる能わず、事を作せし後、吉凶有らざる能わず。吉を見れば則ち指して以て前時に日を擇びし福と為し、凶を見れば則ち刺して以て往者に忌を触れし禍と為す。多くは或いは日を擇びて禍を得、忌を触れて福を獲たり。工伎の事を射る者は其の術を遂げんと欲し、禍の忌を見ては言わず、福の匿るるを聞きては達せず、禍を積みて以て慎まざるを驚かし、福を列ねて以て時を畏るるを勉ます。
現代語訳
人はこの世にいる以上、事を起こさずにはいられず、事を起こした後に吉凶が生じないはずがありません。吉いことが起これば、それを指して以前に日を選んだおかげの福だとし、凶いことが起これば、それを責めて以前に禁忌に触れたせいの禍だとします。実際には、日を選んでも禍に遭い、禁忌に触れても福を得た例が多くあります。ところが占いを生業とする者は、自分の術を成り立たせたいので、禁忌を守っても災いが起きた例は口にせず、禁忌を犯しても福を得た例は表に出さず、禍の事例を積み重ねては慎まない者を脅かし、福の事例を並べては時を畏れる者を励ますのです。
解説
運勢や禁忌を売る側は、自説に合う事例だけを並べ、合わない事例は伏せる、と王充は見抜いています。起きたことを後から選んだ原因に結びつければ、どの結果も説の裏づけに見えてしまいます。現代で言えば、成功例だけを集めた手法の紹介や、うまくいった施策だけを語る社内報告が同じ構造です。失敗した例と、やらなくてもうまくいった例を並べて初めて、手法の効果が見えてきます。事例を見るときは、見えていない側の件数を尋ねる癖が、判断を守ってくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
択日触忌工伎吉凶後付け事例
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