論衡 / 『論衡』偶會篇第十・成功は出会いの重なり
世謂韓信、張良輔助漢王、故秦滅漢興、高祖得王。夫高祖命當自王、信、良之輩時當自興、兩相遭遇、若故相求。是故高祖起於丰、沛、丰、沛子弟相多富貴、非天以子弟助高祖也、命相小大適相應也。
新字:世謂韓信、張良輔助漢王、故秦滅漢興、高祖得王。夫高祖命当自王、信、良之輩時当自興、両相遭遇、若故相求。是故高祖起於丰、沛、丰、沛子弟相多富貴、非天以子弟助高祖也、命相小大適相応也。
書き下し
世は韓信・張良の漢王を輔助するが故に、秦滅びて漢興り、高祖王たるを得たりと謂う。夫れ高祖は命自ずから王たるに当たり、信・良の輩も時自ずから興るに当たり、両つながら相い遭遇して、故に相い求むるが若し。是の故に高祖は豊・沛に起こり、豊・沛の子弟は相ともに富貴なる者多し。天が子弟を以て高祖を助くるに非ず、命相の小大、適たま相い応ずるなり。
現代語訳
世間では、韓信や張良が漢王を助けたから秦が滅び漢が興り、高祖が王になれたと言います。しかし高祖は命のうえで自然に王となるはずで、韓信や張良の仲間も時が来て自然に台頭するはずであり、両者が出会ったために、まるで互いに求め合ったように見えるだけです。だから高祖は豊・沛で起こり、豊・沛の子弟にも富貴になった者が多いのです。天が子弟を高祖に助けさせたのではなく、命や相の大小が、たまたま呼応したのです。
解説
優れた補佐が組織の成功を作った、という見方に王充は異を唱え、主君と補佐役がそれぞれの時に当たり、たまたま出会ったのだと述べます。命という当時の観念に基づく議論で、現代の見方とは異なりますが、成功を特定の人の功績に帰しすぎない姿勢は示唆に富みます。会社の成長でも、市場の波、創業者の資質、人材との出会いが重なって結果が出ます。社長の功績か右腕の功績かを決めつけるより、条件が重なった理由を見直すほうが、再現できる教訓を引き出せます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
韓信・張良劉邦出会い成功要因偶合
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