論衡 / 『論衡』幸偶篇第五・賞罰は巡り合わせで分かれる
凡人操行有賢有愚、及遭禍福、有幸有不幸;舉事有是有非、及觸賞罰、有偶有不偶。并時遭兵、隱者不中。同日被霜、蔽者不傷。中傷未必惡、隱蔽未必善。隱蔽幸、中傷不幸。俱欲納忠、或賞或罰;并欲有益、或信或疑。賞而信者未必真、罰而疑者未必偽。賞、信者偶、罰、疑不偶也。
新字:凡人操行有賢有愚、及遭禍福、有幸有不幸;舉事有是有非、及触賞罰、有偶有不偶。并時遭兵、隠者不中。同日被霜、蔽者不傷。中傷未必悪、隠蔽未必善。隠蔽幸、中傷不幸。倶欲納忠、或賞或罰;并欲有益、或信或疑。賞而信者未必真、罰而疑者未必偽。賞、信者偶、罰、疑不偶也。
書き下し
凡そ人の操行に賢有り愚有り、禍福に遭うに及びて、幸有り不幸有り。事を挙ぐるに是有り非有り、賞罰に触るるに及びて、偶有り不偶有り。時を并せて兵に遭うも、隠るる者は中らず。日を同じくして霜を被るも、蔽わるる者は傷つかず。中り傷つくは未だ必ずしも悪ならず、隠れ蔽わるるは未だ必ずしも善ならず。隠れ蔽わるるは幸にして、中り傷つくは不幸なり。俱に忠を納れんと欲して、或いは賞せられ或いは罰せられ、并せて益有らんと欲して、或いは信ぜられ或いは疑わる。賞せられて信ぜらるる者は未だ必ずしも真ならず、罰せられて疑わるる者は未だ必ずしも偽ならず。賞せられ信ぜらるるは偶にして、罰せられ疑わるるは不偶なり。
現代語訳
人の行いには賢い者と愚かな者がいますが、禍福に出会う場面では、運の良い者と悪い者がいます。事を行うことには正しい場合と誤りの場合がありますが、賞罰に触れる場面では、巡り合わせの合う者と合わない者がいます。同じ時に戦乱に遭っても、隠れていた者は当たりません。同じ日に霜に打たれても、覆われていたものは傷みません。当たって傷つくことが悪とは限らず、隠れて覆われることが善とは限りません。隠れて覆われたのは幸運で、当たって傷ついたのは不運なのです。同じように忠を尽くそうとして、ある者は賞され、ある者は罰されます。同じように役に立とうとして、ある者は信じられ、ある者は疑われます。賞されて信じられる者が真実とは限らず、罰されて疑われる者が偽りとは限りません。賞されて信じられるのは巡り合わせが合ったからで、罰されて疑われるのは合わなかったからです。
解説

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