十八史略 / 『十八史略』漢・高祖・高祖が天下を取った理由
置酒洛陽南宮上曰徹侯諸將皆言吾所以得天下者何項氏所以失天下者何高起王陵對曰陛下使人攻城掠地因而與之與天下同其利項羽不然有功者害之賢者疑之戰勝而不予人功得地而不與人利上曰公知其一未知其二夫運籌帷幄之中決勝千里之外吾不如子房填國家撫百姓給餽餉不絶糧道吾不如蕭何連百萬之衆戰必勝攻必取吾不如韓信此三人者皆人傑也吾能用之此吾所以取天下也項羽有一范増而不能用此其所以為我禽也群臣悅服
新字:置酒洛陽南宮上曰徹侯諸将皆言吾所以得天下者何項氏所以失天下者何高起王陵対曰陛下使人攻城掠地因而与之与天下同其利項羽不然有功者害之賢者疑之戦勝而不予人功得地而不与人利上曰公知其一未知其二夫運籌帷幄之中決勝千里之外吾不如子房填国家撫百姓給餽餉不絶糧道吾不如蕭何連百万之衆戦必勝攻必取吾不如韓信此三人者皆人傑也吾能用之此吾所以取天下也項羽有一范増而不能用此其所以為我禽也群臣悦服
書き下し
酒を洛陽の南宮に置く。上曰く、徹侯・諸将、皆言え。吾の天下を得し所以の者は何ぞ、項氏の天下を失いし所以の者は何ぞ、と。高起・王陵対えて曰く、陛下は人をして城を攻め地を掠めしめ、因りて之に与え、天下と其の利を同じうす。項羽は然らず、功有る者は之を害し、賢者は之を疑い、戦い勝ちて人に功を予えず、地を得て人に利を与えず、と。上曰く、公は其の一を知りて、未だ其の二を知らず。夫れ籌を帷幄の中に運らし、勝ちを千里の外に決するは、吾、子房に如かず。国家を填め、百姓を撫し、餽餉を給して、糧道を絶たざるは、吾、蕭何に如かず。百万の衆を連ね、戦えば必ず勝ち、攻むれば必ず取るは、吾、韓信に如かず。此の三人は、皆人傑なり。吾能く之を用う。此れ吾の天下を取りし所以なり。項羽は一范増有れども用うる能わず。此れ其の我が禽と為りし所以なり、と。群臣悦服す。
現代語訳
洛陽の南宮で酒宴を開いたとき、高祖は言いました。「列侯や諸将よ、遠慮なく言ってほしい。私が天下を取れたのはなぜか、項氏が天下を失ったのはなぜか」。高起と王陵が答えました。「陛下は人に城を攻め土地を奪わせ、手に入れたものはその者に与えて、天下の人と利益を分かち合われました。項羽はそうではなく、功のある者を害し、賢者を疑い、戦に勝っても人に功を与えず、土地を得ても人に利を与えませんでした」。高祖は言いました。「諸君は一つは知っているが、もう一つは知らない。陣中で策を巡らし、千里の外の勝利を決することでは、私は張良に及ばない。国を鎮め民を慰め、兵糧を供給して補給路を絶やさぬことでは、私は蕭何に及ばない。百万の大軍を率いて、戦えば必ず勝ち、攻めれば必ず取ることでは、私は韓信に及ばない。この三人はいずれも人傑だ。私は彼らを用いることができた。これが私の天下を取った理由だ。項羽には范増という人物が一人いたが、用いることができなかった。それが私の捕虜となった理由だ」。群臣は心から服しました。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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史記 高祖本紀高祖曰く、「公其の一を知りて、未だ其の二を知らず。夫れ籌策を帷帳の中に運らし、勝を千里の外に決するは、吾子房に如かず。国家を鎮め百姓を撫し、餽馕を給し糧道を絶たざるは、吾蕭何に如かず。百萬の軍を連ね、戦へば必ず勝ち、攻むれば必ず取るは、吾韓信に如かず。此の三者は、皆人傑なり、吾能く之を用ゐる、此れ吾が天下を取る所以なり。項羽は一范増有れども而も用ゐる能はず、此れ其の我が擒と為る所以なり」と。
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『長短経』大体漢の高帝曰く「夫れ籌策を幃幄の中に運らし、勝を千里の外に決するは、吾れ子房に如かず。国家を鎮め、百姓を撫し、餉餽を給して糧道を絶たざるは、吾れ蕭何に如かず。百万の軍を連ね、戦えば必ず勝ち、攻むれば必ず取るは、吾れ韓信に如かず。三人の者は皆人傑なり。吾れ能く之を用う。此れ吾が天下を有つ所以なり」と。〔人物志に曰く「夫れ一官の任は、一味を以て五味に協う。一国の政は、無味を以て五味を和す。故に臣は自ら任ずるを以て能と為し、君は能く人を用うるを以て能と為す。臣は能く言うを以て能と為し、君は能く聴くを以て能と為す。臣は能く行うを以て能と為し、君は能く賞罰するを以て能と為す。同じからざる所以の故に、能く衆能に君たるなり」と。〕
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史記 高祖本紀高起・王陵対へて曰く、「陛下人をして城を攻め地を略せしめ、降下する所の者は因りて以て之を予へ、天下と利を同じくす。項羽は賢を妒み能を嫉み、功有る者は之を害し、賢者は之を疑ひ、戦ひ勝ちて人に功を予へず、地を得て人に利を予へず、此れ天下を失ふ所以なり」と。
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史記 高祖本紀群臣皆曰く、「大王微細より起こり、暴逆を誅し、四海を平定し、功有る者は輒ち地を裂きて封じて王侯と為す。大王号を尊ばずんば、皆疑ひて信ぜず。臣等死を以て之を守らん。」と。漢王三たび譲る、已むを得ずして、曰く、「諸君必ず以て便と為さば、国家に便ならん。」と。甲午、乃ち皇帝の位に汜水の陽に即く。皇帝曰く義帝後無しと。斉王韓信楚の風俗に習ふ、徙して楚王と為し、下邳に都せしむ。建成侯彭越を立てて梁王と為し、定陶に都せしむ。故の韓王信を韓王と為し、陽翟に都せしむ。衡山王呉芮を徙して長沙王と為し、臨湘に都せしむ。番君の将梅鋗功有り、従ひて武関に入る、故に番君を徳とす。淮南王布・燕王臧荼・趙王敖皆故の如し。天下大いに定まる。高祖雒陽に都す、諸侯皆臣属す。故の臨江王驩項羽の為に漢に叛く、盧綰・劉賈をして之を囲ましむ、下らず。数月にして降る、之を雒陽に殺す。五月、兵皆罷めて家に帰る。諸侯の子の関中に在る者は之を復すること十二歳、其の帰る者は之を復すること六歳、之に食ましむること一歳。高祖雒陽の南宮に置酒す。高祖曰く、「列侯諸将敢へて朕に隠す無く、皆其の情を言へ。吾の天下を有する所以の者は何ぞ。項氏の天下を失ふ所以の者は何ぞ。」と。
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十八史略・『十八史略』漢・高祖・蕭何、韓信を追う信、之に従う。又数しば策を以て項羽に干むるも、用いられず。乃ち漢に帰し、治粟都尉と為る。数しば蕭何と語り、何、之を奇とす。王、南鄭に至るや、将士皆謳歌して帰らんことを思い、道に亡ぐる者多し。信、何已に数しば王に言うも、王用いざるを度り、即ち亡げ去る。何、自ら之を追う。人曰く、丞相何亡げたり、と。王怒り、左右の手を失うが如し。何来たりて謁す。王罵りて曰く、若の亡げしは何ぞや、と。何曰く、韓信を追えり、と。王曰く、諸将の亡ぐる者、十を以て数う、公は追う所無し。信を追うは詐りなり、と。何曰く、諸将は得易きのみ。信の如きは、国士無双なり。王、必ず長く漢中に王たらんと欲せば、信を事とする所無し。必ず天下を争わんと欲せば、信に非ざれば、与に事を計るべき者無し、と。王曰く、吾も亦東せんと欲するのみ、安んぞ能く鬱鬱として久しく此に居らんや、と。何曰く、計必ず東せば、能く信を用いん。信即ち留まらん。然らずんば、信は終に亡げんのみ、と。王曰く、吾公の為に以て将と為さん、と。何曰く、留まらざるなり、と。王曰く、以て大将と為さん、と。何曰く、幸甚なり、と。王は素より慢にして礼無く、大将を拝すること小児を呼ぶが如し。此れ信の去る所以なり。乃ち壇場を設け礼を具う。諸将皆喜び、人人自ら大将を得たりと以為えり。拝するに至れば、乃ち韓信なり。一軍皆驚く。
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人物志・英雄高祖・項羽是れなり。然れども英の分は、以て雄より多くし、而して英は以て少なかるべからざるなり。英の分少なければ、則ち智者之を去る。故に項羽は気力世を蓋ひ、明能く変に合するも、奇異を聴采すること能はず、一范増有りて用ゐず、是を以て陳平の徒、皆亡げて高祖に帰す。英の分多し、故に群雄之に服し、英才之に帰し、両つながら其の用を得、故に能く秦を呑み楚を破り、宅して天下を有つ。