論衡 / 『論衡』率性篇第八・人は染まるところで変わる
十五之子其猶絲也、其有所漸化為善惡、猶藍丹之染練絲、使之為青赤也。青赤一成、真色無異。是故揚子哭岐道、墨子哭練絲也。蓋傷離本、不可復變也。人之性、善可變為惡、惡可變為善、猶此類也。逢生麻間、不扶自直;白紗入緇、不(練)〔染〕自黑。彼蓬之性不直、紗之質不黑;麻扶緇染、使之直黑。夫人之性、猶蓬紗也、在所漸染而善惡變矣。
新字:十五之子其猶糸也、其有所漸化為善悪、猶藍丹之染練糸、使之為青赤也。青赤一成、真色無異。是故揚子哭岐道、墨子哭練糸也。蓋傷離本、不可復変也。人之性、善可変為悪、悪可変為善、猶此類也。逢生麻間、不扶自直;白紗入緇、不(練)〔染〕自黒。彼蓬之性不直、紗之質不黒;麻扶緇染、使之直黒。夫人之性、猶蓬紗也、在所漸染而善悪変矣。
書き下し
十五の子は其れ猶お糸のごときなり。其の漸く化して善悪を為す所有るは、猶お藍丹の練糸を染めて、これをして青赤たらしむるがごとし。青赤一たび成れば、真色と異なる無し。是の故に揚子は岐道に哭し、墨子は練糸に哭せり。蓋し本を離れて復た変ずべからざるを傷むなり。人の性は、善も変じて悪と為るべく、悪も変じて善と為るべきこと、猶お此の類のごとし。蓬の麻の間に生ずれば、扶けずして自ずから直く、白紗の緇に入れば、染めずして自ずから黒し。彼の蓬の性は直からず、紗の質は黒からざれども、麻は扶け緇は染めて、これをして直く黒からしむ。夫れ人の性は、猶お蓬紗のごときなり。漸く染まる所に在りて、善悪変ず。
現代語訳
十五歳の子どもは糸のようなものです。しだいに感化されて善にも悪にもなるのは、藍や丹で練り糸を染めて青にも赤にもするのと同じです。青や赤に染まってしまえば、元の色とは違ってしまいます。だから楊子は分かれ道で泣き、墨子は練り糸を見て泣いたのです。本来のものから離れ、二度と元に戻せないことを悲しんだのでしょう。人の性質も、善が悪に変わることも、悪が善に変わることもあり、これと同じです。蓬が麻の間に生えれば、支えなくてもまっすぐになり、白い絹が黒い染料に入れば、染めなくても黒くなります。蓬の性質はもともとまっすぐでなく、絹の質はもともと黒くありませんが、麻が支え、黒い染料が染めることで、まっすぐにも黒くもなります。人の性質も蓬や絹のようなもので、次第に染まるところによって善悪が変わるのです。
解説

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