論衡 / 『論衡』累害篇第二・不遇の原因は外にある
凡人仕宦有稽留不進、行節有毀傷不全、罪過有累積不除、聲名有暗昧不明、才非下、行非悖也;有知非昏、策非昧也;逢遭外禍、累害之也。非唯人行、凡物皆然。生動之類、咸被累害。累害自外、不由其內。夫不本累害所從生起、而徒歸責於被累害者、智不明、暗塞於理者也.物以春生、人保之;以秋成、人必不能保之。卒然牛馬踐根、刀鐮割莖、生者不育、至秋不成。不成之類、遇害不遂、不得生也。夫鼠涉飯中、捐而不食。捐飯之味、與彼不污者鈞、以鼠為害、棄而不御。君子之累害、與彼不育之物、不御之飯同一實也。俱由外來、故為累害。
新字:凡人仕宦有稽留不進、行節有毀傷不全、罪過有累積不除、声名有暗昧不明、才非下、行非悖也;有知非昏、策非昧也;逢遭外禍、累害之也。非唯人行、凡物皆然。生動之類、咸被累害。累害自外、不由其内。夫不本累害所従生起、而徒帰責於被累害者、智不明、暗塞於理者也.物以春生、人保之;以秋成、人必不能保之。卒然牛馬践根、刀鐮割茎、生者不育、至秋不成。不成之類、遇害不遂、不得生也。夫鼠渉飯中、捐而不食。捐飯之味、与彼不汚者鈞、以鼠為害、棄而不御。君子之累害、与彼不育之物、不御之飯同一実也。倶由外来、故為累害。
書き下し
凡そ人の仕宦に稽留して進まず、行節に毀傷ありて全からず、罪過に累積ありて除かれず、声名に暗昧ありて明らかならざること有るは、才は下に非ず、行は悖るに非ざるなり。知は昏きに非ず、策は昧きに非ざる有るも、外禍に逢遭し、これを累害すればなり。唯だに人の行いのみに非ず、凡そ物は皆な然り。生動の類は、咸な累害を被る。累害は外よりし、其の内に由らず。夫れ累害の生起する所に本づかずして、徒らに被累害者に帰責するは、智の明らかならず、理に暗塞する者なり。物は春を以て生じ、人これを保つ。秋を以て成るに、人は必ずしも保つ能わず。卒然として牛馬根を践み、刀鎌茎を割けば、生者は育たず、秋に至りて成らず。成らざるの類は、害に遇いて遂げず、生くるを得ざるなり。夫れ鼠の飯中を渉れば、捐てて食わず。捐てし飯の味は、彼の汚れざる者と鈞しきに、鼠を以て害と為し、棄てて御めず。君子の累害は、彼の育たざるの物、御めざるの飯と同じ一実なり。俱に外より来る、故に累害と為す。
現代語訳
出世で足止めされて進めない、行いに傷がついて完全でなくなる、過ちが積み重なって消えない、評判が曇って晴れない。こうしたことがあっても、才能が低いわけでも、行いが道に外れているわけでもありません。知恵が暗いわけでも、策が愚かなわけでもないのに、外からの災いにあい、害を受けているのです。人の行いだけでなく、あらゆるものがそうです。生きて動くものはみな害を受けます。害は外からやって来るもので、内側から生じるものではありません。害がどこから起こったかを突き止めず、ただ被害を受けた人に責任を負わせるのは、知恵が明るくなく、道理に暗く閉ざされた者です。作物は春に芽生え、人がそれを守ります。ところが秋に実る段階では、人は必ずしも守りきれません。突然牛や馬が根を踏み、刃物が茎を切れば、芽生えたものも育たず、秋になっても実りません。実らないものは、害にあって成長を遂げられず、生き延びられなかったのです。ネズミが飯の中を歩けば、その飯は捨てて食べません。捨てた飯の味は、汚されていない飯と変わらないのに、ネズミが害をなしたために捨てて口にしないのです。君子が受ける害も、育たなかった作物や食べない飯と同じ事柄です。どれも外からやって来るので、累害と呼ぶのです。
解説

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