論語と算盤 / 成敗と運命・細心にして大胆なれ
社会の進歩と共に、秩序が整つて来るのは当然のことであるが、其れと共に新規の活動を始めるに多少不便ともなり、自然保守に傾くやうなことにもなる、固より軽佻浮薄な行動は、何れの場合に於ても慎むべきであるが、余りに大事を考へて因循姑息となり謂ゆる固くもなり、惰弱に流る〻如きこと〻もなる結果、進歩発展を阻害する傾向を生じては個人の上に於ても、又国家の前途に関しても、甚だ憂ふべき事と謂はねばならぬ。
書き下し
社会の進歩と共に、秩序が整って来るのは当然のことであるが、それと共に新規の活動を始めるに多少不便ともなり、自然保守に傾くようなことにもなる。もとより軽佻浮薄な行動は、いずれの場合においても慎むべきであるが、あまりに大事を考えて因循姑息となり、いわゆる固くもなり、惰弱に流るるごとき事ともなる結果、進歩発展を阻害する傾向を生じては個人の上においても、また国家の前途に関しても、甚だ憂うべき事と言わねばならぬ。
現代語訳
社会の進歩とともに秩序が整ってくるのは当然のことであるが、それとともに新しい活動を始めるのに多少不便にもなり、自然と保守に傾くようなことにもなる。もとより軽はずみで浮ついた行動は、どのような場合でも慎むべきであるが、あまりに大事をとりすぎて古いやり方に固執し、その場しのぎに流れ、いわゆる堅くなり、また惰弱に流れるようなことにもなって、その結果、進歩発展を妨げる傾向が生じては、個人にとっても、また国家の前途にとっても、はなはだ憂うべきことと言わなければならない。
解説
章「細心にして大胆なれ」の書き出しである。渋沢は、社会が進歩して秩序が整うほど新しいことを始めにくくなり、保守に傾くという力学を指摘する。軽佻浮薄は慎むべきだが、大事をとりすぎて因循姑息に陥れば、進歩発展が止まる、と。因循は古いしきたりにこだわってぐずぐずすること、姑息はその場しのぎを意味する。本書が出た大正五年は、日露戦争後の国家の体制が固まり、大企業の組織も整ってきた時期にあたる。明治の草創期に銀行や会社を次々と興した渋沢の目には、秩序の中で守りに入る後進の姿が物足りなく映ったのだろう。組織が大きくなり規程が整うほど、新しい試みは手続きの壁に阻まれ、失敗を避けることが評価の基準になりやすい。成熟した組織ほど意識して挑戦の余地を残さなければならないという警告は、今日の大企業にもそのまま当てはまる。
関連する章句
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『論語と算盤』成敗と運命・細心にして大胆なれまた余りに堅苦しく物事に拘泥し、細事に没頭する時は、自然に溌溂たる気力を銷磨し、進取の勇気を挫くことになるのであるから、この点も深く注意せねばならぬ。もとより細心周到なる努力は必要であるが、一方大胆なる気力を発揮して、細心大胆両者相待ち、溌溂たる活動をなし、始めて大事業を完成し得るものであるから、近来の傾向については、大いに警戒せねばならぬ。
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『論語と算盤』成敗と運命・細心にして大胆なれ近頃青年の間に新しい活気が勃興し、大いにその本領を発揮せんとする傾向を生じたのは、すなわち慶賀すべきことなるが、壮年社会に不活溌の傾向が依然として瀰蔓するようでは、憂うべき事と言わねばならぬ。独立不羈の精神を発揮するには、今日のごとく政府万能の状態で、民間の事業が政府の保護に恋々たる状の見えるごとき風を一掃し、鋭意民力を伸張して、政府を煩わさないで事業を発展せしむる覚悟が必要である。また細事に拘泥し部局の事にのみ没頭する結果、法律規則の類を増発し、汲々としてその規定に触れまいとし、あるいはその規定内の事に満足し、齷齪しているようでは、とても新進の事業を経営し、溌溂たる生気を生じ、世界の大勢に駕することは覚束ない。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟次第に壮年に進むにつれて有為なる人物となり、個人としてもはた国家の一柱石としても信頼し得る人物となるのである。他日国家を双肩に荷うて立つべき青年においては、この際大いに覚悟をなして、将来は日に月に激甚となるべき競争場裏に飛び込まねばならず、今日の状態で経過すれば、国家の前途に対し、大いに憂うべき結果を生ぜぬとも限らぬのであることを思い、後来悔ゆるがごとき愚をせぬように望むのである。明治維新の頃、万事創造の時代とも言うべき不秩序を極めた時よりは、今日の状態は著しく発達してその面影を一変し、社会百般の秩序も整備し、学問も普及して、事をなすに便宜も多いのであるから、周到なる細心と大胆なる行動とをもって活力を発揮したならば、大事業を経営するに極めて愉快を感ずるであろう。ただかかる秩序立ち、一般に教育が普及した時代ゆえ、普通より少しぐらい進歩し、わずかに卓越した意気込みをもって事に当たっては、とても大勢を動かすことは出来ない。多少教育の弊害も生じやすい事情もあるのであるから、大勇猛心を発揮して活気を縦横にあふれしめ、区々たる情弊を打破して、向上の道を猛進せねばならぬ。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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