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論語と算盤 / 成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか

以上述べた所よりすれば、余は逆境はないものであると絶対に言ひ切りたいのであるが、左様まで極端に言ひ切れない場合が一つある、それは智能才幹何一つの欠点もなく、勤勉精励、人の師表と仰ぐに足るだけの人物でも、政治界実業界に順当に志の行はれてゆく者と、其の反対に何事も意と反して蹉跌する者とがある、而して後者の如き者に対して、余は真意義の逆境なる言葉を用ゐたいのである。

書き下し

以上述べた所よりすれば、余は逆境はないものであると絶対に言い切りたいのであるが、そうまで極端に言い切れない場合が一つある。それは智能才幹何一つの欠点もなく、勤勉精励、人の師表と仰ぐに足るだけの人物でも、政治界実業界に順当に志の行われてゆく者と、その反対に何事も意と反して蹉跌する者とがある。そうして後者のごとき者に対して、余は真意義の逆境なる言葉を用いたいのである。

現代語訳

以上述べたところからすれば、私は逆境などないものだと絶対的に言い切りたいのであるが、そこまで極端に言い切れない場合が一つある。それは、知能にも才幹にも何一つ欠点がなく、勤勉で精励し、人の手本と仰ぐに足るほどの人物であっても、政界や実業界で順当に志が行われていく者と、反対に何事も意に反してつまずく者とがあるということである。そして、後者のような者に対して、私は「真の意味での逆境」という言葉を用いたいのである。

解説

章の終わり近くで、渋沢はそれまでの断定に一つだけ例外を認める。智能も才幹も欠けず、勤勉で、人の手本と仰がれるほどの人物でも、志が順当に行われる者と、何をしても蹉跌する者とがある。後者にだけ「真意義の逆境」という言葉を用いたい、と。ここまで順境も逆境もないと言い切ってきた議論が、最後にこの留保によって均衡を得ている。自己責任の論理を徹底しながら、努力ではどうにもならない領域が残ることを渋沢は認めていた。幕末の動乱の中で、志ある多くの同志が倒れるのを見てきた人の言葉として読むと重みが増す。自分の努力不足を認める厳しさと、尽くしてもなお報われない人への敬意。この二つを両立させることが、人の上に立つ者には求められる。部下の不振を一律に本人の責任とせず、真の逆境にある人を見分ける目も、この段は求めている。

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