論語と算盤 / 成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか
若し其人に優れた智能があり、之に加ふるに欠くる所なき勉強をしてゆけば、決して逆境に居る筈はない、逆境がなければ順境といふ言葉も消滅する、自ら進んで逆境といふ結果を造る人があるから、それに対して順境なぞといふ言葉も起つて来るのである、
書き下し
もしその人に優れた智能があり、これに加うるに欠くる所なき勉強をしてゆけば、決して逆境にいる筈はない。逆境がなければ順境という言葉も消滅する。自ら進んで逆境という結果を造る人があるから、それに対して順境などという言葉も起こって来るのである。
現代語訳
もしその人に優れた知能があり、そのうえ欠けるところのない勉強を続けていけば、決して逆境にいるはずはない。逆境がなければ、順境という言葉も消えてしまう。自分から進んで逆境という結果をつくる人がいるから、それに対して順境などという言葉も生まれてくるのである。
解説
短い一段で、渋沢は前段の結論を言葉の側から確かめる。優れた智能に欠けるところのない勉強が加われば、逆境にいるはずがない。逆境がなければ順境という言葉も消える。順境という言葉があるのは、自ら進んで逆境を造る人がいるからだ、と。順逆を一対の概念として捉え、片方が消えれば他方も意味を失うという論の運びは、理屈として鮮やかである。ただし、ここで渋沢が言う「智能」と「勉強」は、生まれつきの才だけでなく、努力によって養われるものを含むと読むべきだろう。そう読まなければ、恵まれない者を切り捨てる議論になってしまう。渋沢の力点は、自分の境遇を環境のせいにする前に、自分が手を尽くしたかを問えという点にある。業績が振るわないときに市場や景気を持ち出す前に、自社がなすべきことをなしたかを点検する。経営に置き換えれば、そういう自己点検の勧めになる。
関連する章句
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『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか以上述べた所よりすれば、余は逆境はないものであると絶対に言い切りたいのであるが、そうまで極端に言い切れない場合が一つある。それは智能才幹何一つの欠点もなく、勤勉精励、人の師表と仰ぐに足るだけの人物でも、政治界実業界に順当に志の行われてゆく者と、その反対に何事も意と反して蹉跌する者とがある。そうして後者のごとき者に対して、余は真意義の逆境なる言葉を用いたいのである。
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『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るかここに二人があるとして、その一人は地位もなければ富もなく、もとよりこれを援き立てる先輩もない。すなわち世に立って栄達すべき素因というものが極めて薄弱であるが、わずかに世の中に立つに足るだけ、一通りの学問はして世に出たとする。しかるにその人に非凡の能力があって、身体が健全で、いかにも勉強家で、行いが皆節に中り、何事をやらせても先輩をして安心させるだけに仕上げるのみならず、かえってその長上の意想外に出るほどにやるから、必ず多数人はこの人の行う所を賞讃するに相違ない。そうしてその人は官に在ると野に在るとを問わず、必ず言行われ、業成り、ついには富貴栄達を得らるるようになる。しかるにこの人の身分地位を側面から見ている世人は、一も二もなく彼を順境の人と思うであろうが、実は順境でも逆境でもなく、その人自らの力でそういう境遇を造り出したに過ぎないのである。
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『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか例えば、身体の弱い人が、気候を罪して寒いから風邪を引いたとか、陽気に中って腹痛がするとか言って、自分の体質の悪いことはさらに口にしない。これも風邪や腹痛という結果の来る前に、身体さえ強壮にして置いたならば、何もそれらの気候のために病魔に襲われることは無いであろうに、平素の注意を怠るがために自ら病気を招くのである。しかるに病気になったからと言って、それを自分の責とはせず、かえって気候を怨むに至っては、自ら作った逆境の罪を天に帰するのと同一論法である。
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『論語と算盤』処世と信条・大丈夫の試金石したがってその渦中に投ぜられて逆境に立つ人も常にあることであろうから、世の中に逆境は絶対に無いと言い切ることは出来ないのである。ただ順逆を立つる人は、よろしくそのよって来る所以を講究し、それが人為的逆境であるか、ただしは自然的逆境であるかを区別し、しかる後これに応ずるの策を立てねばならぬ。
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『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るかさらに他の一人は、性来懶惰で、学校時代には落第ばかりしていたのを、やっとお情けで卒業したが、さてこの上は今まで学んだ所の学問で世に立たねばならぬけれども、性質が愚鈍でかつ不勉強であるから、職を得ても上役から命ぜらるる所の事が何もかも思うように出来ない。心中には不平が起こって仕事に忠実を欠き、上役に受けが悪く、ついには免職される。家に帰れば父母兄弟には疎んぜられる。家庭に信用がないくらいなら郷里にも不信用となる。こうなれば不平はますます嵩まり、自暴自棄に陥る。そこに付け込んで悪友が誘惑すると、思わず邪路に踏み入り、勢い正道をもって世に立てぬことになるから、やむを得ず窮途に彷徨しなければならぬ。しかるに世人はこれを見て逆境の人といい、またそれがいかにも逆境であるらしく見えるのである。実はそうでなくて皆自ら招いた所の境遇であるのだ。
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『論語と算盤』処世と信条・大丈夫の試金石それに反して、人為的逆境に陥った場合はいかにすべきかというに、これは多く自働的なれば、何でも自分に省みて悪い点を改めるより外はない。世の中の事は多く自働的のもので、自分からこうしたいああしたいと奮励さえすれば、たいがいはその意のごとくになるものである。しかるに多くの人は自ら幸福なる運命を招こうとはせず、かえって手前の方からほとんど故意にねじけた人となって逆境を招くような事をしてしまう。それでは順境に立ちたい、幸福な生涯を送りたいとて、それを得られる筈がないではないか。
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