論語と算盤 / 成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか
玆に二人があるとして、其の一人は地位もなければ富もなく、素より之を援き立てる先輩もない、即ち世に立つて栄達すべき素因といふものが極めて薄弱であるが、纔に世の中に立つに足るだけ、一通りの学問はして世に出たとする、然るに其人に非凡の能力があつて、身体が健全で、如何にも勉強家で、行が皆節に中り、何事をやらせても先輩をして安心させるだけに仕上げるのみならず、却つて其の長上の意想外に出る程にやるから、必ず多数人は此人の行ふ所を賞讃するに相違ない、而して其人は官に在ると野に在るとを問はず、必ず言行はれ、業成り、終には富貴栄達を得らる〻やうになる、然るに此人の身分地位を側面から見て居る世人は、一も二もなく彼を順境の人と思ふであらうが、実は順境でも逆境でもなく、其人自らの力で左様いふ境遇を造り出したに過ぎないのである。
書き下し
ここに二人があるとして、その一人は地位もなければ富もなく、もとよりこれを援き立てる先輩もない。すなわち世に立って栄達すべき素因というものが極めて薄弱であるが、わずかに世の中に立つに足るだけ、一通りの学問はして世に出たとする。しかるにその人に非凡の能力があって、身体が健全で、いかにも勉強家で、行いが皆節に中り、何事をやらせても先輩をして安心させるだけに仕上げるのみならず、かえってその長上の意想外に出るほどにやるから、必ず多数人はこの人の行う所を賞讃するに相違ない。そうしてその人は官に在ると野に在るとを問わず、必ず言行われ、業成り、ついには富貴栄達を得らるるようになる。しかるにこの人の身分地位を側面から見ている世人は、一も二もなく彼を順境の人と思うであろうが、実は順境でも逆境でもなく、その人自らの力でそういう境遇を造り出したに過ぎないのである。
現代語訳
ここに二人の人がいるとしよう。その一人は地位もなければ富もなく、もとより引き立ててくれる先輩もいない。つまり世に立って栄達するための素地というものがきわめて弱いが、かろうじて世の中に立つのに足りるだけの一通りの学問はして世に出たとする。ところがその人に非凡な能力があり、身体が健康で、いかにも勉強家で、行いがみな節度にかない、何をやらせても先輩を安心させるだけの仕上がりにするばかりか、かえって目上の人の予想を超えるほどにやってのけるから、必ず多くの人がこの人の行いを賞賛するに違いない。そしてその人は、官にいようと民間にいようと、必ず言うことが通り、事業が成り、ついには富貴栄達を得るようになる。ところが、この人の身分や地位を傍らから見ている世間の人は、一も二もなく彼を順境の人だと思うであろうが、実は順境でも逆境でもなく、その人が自分の力でそういう境遇をつくり出したにすぎないのである。
解説
関連する章句
-
『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るかもしその人に優れた智能があり、これに加うるに欠くる所なき勉強をしてゆけば、決して逆境にいる筈はない。逆境がなければ順境という言葉も消滅する。自ら進んで逆境という結果を造る人があるから、それに対して順境などという言葉も起こって来るのである。
-
『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るかさらに他の一人は、性来懶惰で、学校時代には落第ばかりしていたのを、やっとお情けで卒業したが、さてこの上は今まで学んだ所の学問で世に立たねばならぬけれども、性質が愚鈍でかつ不勉強であるから、職を得ても上役から命ぜらるる所の事が何もかも思うように出来ない。心中には不平が起こって仕事に忠実を欠き、上役に受けが悪く、ついには免職される。家に帰れば父母兄弟には疎んぜられる。家庭に信用がないくらいなら郷里にも不信用となる。こうなれば不平はますます嵩まり、自暴自棄に陥る。そこに付け込んで悪友が誘惑すると、思わず邪路に踏み入り、勢い正道をもって世に立てぬことになるから、やむを得ず窮途に彷徨しなければならぬ。しかるに世人はこれを見て逆境の人といい、またそれがいかにも逆境であるらしく見えるのである。実はそうでなくて皆自ら招いた所の境遇であるのだ。
-
『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか例えば、身体の弱い人が、気候を罪して寒いから風邪を引いたとか、陽気に中って腹痛がするとか言って、自分の体質の悪いことはさらに口にしない。これも風邪や腹痛という結果の来る前に、身体さえ強壮にして置いたならば、何もそれらの気候のために病魔に襲われることは無いであろうに、平素の注意を怠るがために自ら病気を招くのである。しかるに病気になったからと言って、それを自分の責とはせず、かえって気候を怨むに至っては、自ら作った逆境の罪を天に帰するのと同一論法である。
-
『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか以上述べた所よりすれば、余は逆境はないものであると絶対に言い切りたいのであるが、そうまで極端に言い切れない場合が一つある。それは智能才幹何一つの欠点もなく、勤勉精励、人の師表と仰ぐに足るだけの人物でも、政治界実業界に順当に志の行われてゆく者と、その反対に何事も意と反して蹉跌する者とがある。そうして後者のごとき者に対して、余は真意義の逆境なる言葉を用いたいのである。
-
『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか韓退之がその子を励ました「符読書城南」の詩中に、「木の規矩に就くは、梓匠輪輿に在り。人の能く人たるは、腹に詩書有るに由る。詩書は勤むれば乃ち有り、勤めざれば腹空虚なり。学の力を知らんと欲すれば、賢愚初めを同じうす。その学ぶ能わざるに由りて、入る所遂に閭を異にす。両家各々子を生む、提孩巧みに相如く。少しく長じて聚まりて嬉戯す、同隊の魚に殊ならず。年十二三に至りて、頭角やや相疎なり。二十にして漸く乖張し、清溝汙渠に映ず。三十にして骨骼成り、乃ち一は竜一は豬。飛黄騰踏して去り、蟾蜍を顧みる能わず。一は馬前の卒と為り、背を鞭うたれて虫蛆を生ず。一は公と相と為り、譚々たる府中の君。これを問う何に因りて爾るや、学ぶと学ばざるとか」云々という句があるが、これは主として学問を勉強することについて言うたものであるとは言え、またもって順逆二境のよって岐るるを知るに足るであろう。要するに悪者は教うるとも仕方なく、善者は教えずとも自ら仕方を知っていて、自然とその運命を造り出すものである。ゆえに厳正の意味より論ずれば、この世の中には順境も逆境もないということになる。
-
『論語と算盤』処世と信条・大丈夫の試金石したがってその渦中に投ぜられて逆境に立つ人も常にあることであろうから、世の中に逆境は絶対に無いと言い切ることは出来ないのである。ただ順逆を立つる人は、よろしくそのよって来る所以を講究し、それが人為的逆境であるか、ただしは自然的逆境であるかを区別し、しかる後これに応ずるの策を立てねばならぬ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る