格言聯璧 / 存養類・世路の風霜は吾人煉心の境
只是心不放肆,便無過差。 只是心不怠忽,便無逸志。 處逆境心,須用開拓法;處順境心,要用收斂法。 世路風霜,吾人煉心之境也。 世情冷暖,吾人忍性之地也。
新字:只是心不放肆,便無過差。 只是心不怠忽,便無逸志。 処逆境心,須用開拓法;処順境心,要用収斂法。 世路風霜,吾人煉心之境也。 世情冷暖,吾人忍性之地也。
書き下し
只だ是れ心放肆せざれば、便ち過差無し。 只だ是れ心怠忽せざれば、便ち逸志無し。 逆境に處る心は、須らく開拓の法を用ふべし。順境に處る心は、收斂の法を用ふるを要す。 世路の風霜は、吾人の心を煉るの境なり。 世情の冷暖は、吾人の性を忍ぶの地なり。
現代語訳
ただ心が勝手気ままにならなければ、過ちはありません。 ただ心が怠りおろそかにならなければ、気ままに流れる志はありません。 逆境にいるときの心には、押し広げる方法を用いなければなりません。順境にいるときの心には、引き締める方法を用いなければなりません。 世の中を渡るうえでの風や霜は、私たちが心を鍛える場です。 世間の人情の冷たさと温かさは、私たちが性分を耐え忍ぶ場です。
解説
心がほしいままにならず、怠らなければ過ちも逸脱もないという二句から始まり、境遇に応じた心の扱い方を説く聯です。逆境では心を開いて広げ、順境では心を引き締めるという処方は、逆境で縮こまり順境で緩みがちな人の常を見抜いています。後半は世路の風霜を心を煉る場、世情の冷暖を性を忍ぶ場とし、次の単位の「世事の顛倒は吾人修行の資なり」へ続きます。『孟子』告子下の「其の心を動かし其の性を忍ばしむ」が背景にあります。つらい出来事や冷たい扱いを、自分を鍛える稽古場と見なせば、同じ体験の意味が変わってきます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
逆境順境存養忍耐修行
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