論語と算盤 / 成敗と運命・湖畔の感慨
岳飛の碑を拝して秦檜の像に放尿するといふのは、是れ実に孟子の謂ゆる『人性善』なるに因るのではあるまいか、天に通ずる赤誠は、深く人心に沁み込んで、千載の下猶ほ其の徳を慕はしむるのである、是を以ても人の成敗といふものは、蓋棺の後に非れば得て知ることが出来ない、我国に於ける楠正成と足利尊氏も、菅原道真と藤原時平も、皆然りと謂ふべきである、此の碑を覧るに及んで感慨殊に深きを覚えた。
書き下し
岳飛の碑を拝して秦檜の像に放尿するというのは、これ実に孟子のいわゆる「人性は善なり」に因るのではあるまいか。天に通ずる赤誠は、深く人心に沁み込んで、千載の下なおその徳を慕わしむるのである。これをもっても人の成敗というものは、棺を蓋うた後でなければ得て知ることが出来ない。我が国における楠正成と足利尊氏も、菅原道真と藤原時平も、皆しかりと言うべきである。この碑を覧るに及んで感慨ことに深きを覚えた。
現代語訳
岳飛の碑を拝み、秦檜の像に小便をかけて帰るというのは、これこそ孟子の言う「人の性は善なり」によるのではあるまいか。天に通じる真心は深く人の心に沁み込み、千年の後もなおその徳を慕わせる。このことからも、人の成功・失敗というものは、棺の蓋を閉じた後でなければ知ることができない。我が国における楠木正成と足利尊氏も、菅原道真と藤原時平も、みな同じである。この碑を見るにおよんで、感慨がことに深いのを覚えた。
解説
大正三年、渋沢は杭州の西湖のほとりに立った。そこには南宋の名将・岳飛の碑があり、数歩を隔てて権臣・秦檜の鉄像が向かい合っている。岳飛は金の大軍を破って燕京を回復しようとしたが、賄賂を受けた秦檜に召還され、讒言によって殺された。「臣が十年の功一日にして廃る」と言い残して。その二人が数百年後、同じ場所で対峙している。訪れる人は岳飛の碑に涙を注ぎ、秦檜の像に小便をかけて帰るという。渋沢はそこに人の本性の善を見た。生前の勝敗と、死後に残る評価は別のものだ——長い時間だけが本当の成敗を決める、という彼の一貫した見方が、旅先の一場面として書き留められている。
この章句が説くこと
岳飛と秦檜蓋棺の後に定まる人性は善なり西湖天命
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『弁名』智命を知るとは、天命を知るなり。天の命ずる所何如を知るを謂ふなり。先王の道は、天に本づき、天命を奉じて以て之を行ふ。君子の道を学ぶも、亦た以て天職を奉ぜんと欲するのみ。我道を学び徳を成して爵至らず、是れ天我に命じて以て道を人に伝へしむるなり。君子は教学を以て事と為し、人知らずして慍らず、是れ之を命を知ると謂ふ。凡そ人の力は、及ぶ有り、及ばざる有り。強ひて其の力の及ばざる所の者を求むるは、不智の大なる者なり。故に曰く、「命を知らざれば、以て君子為ること無きなり」と。後儒或いは其の然る所以の理を知ると曰ひ、或いは吉凶禍福を知ると曰ひ、或いは名利得失に毫も心を動かさずと曰ふ。皆道を知らざる者の言のみ。
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『翁問答』上卷之末かの病人悪寒発熱の病勢おとろへ本服しぬれば、常の人の如くに暑き寒さをおぼゆるものなり、その如く運命のいきをひおとろへて其分数極まりぬれば、必らず悪人は六極のがれ難く、善人は五福をうくるものなり、しかるゆへに盗跖は無病息災に難なくながいきして暮しぬる様なれども、おのれと六極の剛悪におちいりて、至誠無息の神理をうしなひ、万世不朽の悪名をながしぬれば、六極の報応さだかならずやまた顔子は箪瓢陋巷不幸短命なれども、五福の攸好徳をうけ、真楽の介福めでたく長在不滅の神理あきらかにして、万世きはまりなく、公爵の追贈四配の祭祀をうけ給ひぬれば、五福の嚮命あきらかならずや運命のいきおひによつて一旦見かけは福善禍淫の常にたがふやうなれども、畢竟しんじつの端的終には天命本然の常にたちかへるものなり、
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段答ふ、其の一家一門の議は、皆々法を知らざるゆへなり。道有りて聚むる金銀は天命なり。天の賜ふ財を舎てず、天の命にそむかず、約を以て礼の本を守れり。又道を行ふ者は、他のそしりは、有るならひなり。孟子曰く、傷むこと無し、士は茲の多口に憎まる。詩に云ふ、憂心悄悄たり、群小に慍まると。孔子なりと。聖人の行ひは、小人の行ひに違へる故、衆の口の為に、孔子も譏りに逢ひ玉へり。又美食を好まざるは、身の分限なり。二汁五菜七菜などと云ふ重き料理は、下々のことにあらず。御上より品を分けて見ば、汝の親方の料理は、今少し奢にても有るべし。それを一門衆は、箸を取り初むる計りとは、分を知らざる奢る者なり。先づ飢饉年には、飯米の調へ代を借り、汝の親方の恵みにより飢ゑに及ばず、それを忘れ、身の分を知らず、
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