論語と算盤 / 成敗と運命・それ唯忠恕のみ
更に言ふまでもなきことながら、本院(東京市養育院)には、現に(大正四年一月)二千五六百人の窮民が収容してある、其の中には除外例として、善因却つて悪果を結びて窮民たり、行旅病人たるものなきにあらざるも、其の多くは謂ゆる自業自得の輩である、
書き下し
さらに言うまでもなきことながら、本院(東京市養育院)には、現に(大正四年一月)二千五六百人の窮民が収容してある。その中には除外例として、善因かえって悪果を結びて窮民たり、行旅病人たるものなきにあらざるも、その多くはいわゆる自業自得の輩である。
現代語訳
さらに、言うまでもないことながら、本院(東京市養育院)には現在(大正四年一月)二千五、六百人の困窮者が収容されている。その中には例外として、善い行いがかえって悪い結果を結んで困窮者となった者や、旅先で病に倒れた者もいないわけではないが、その多くはいわゆる自業自得の者たちである。
解説
短いが、章の転回点になる一段である。渋沢は養育院に収容されている二千五、六百人の窮民について、例外はあるが多くは自業自得の者だと、はっきり書く。善意の施設の長が収容者をこう評するのは、今日の感覚からすれば冷たく響くかもしれない。「行旅病人」は旅先で病に倒れ、身寄りのない人を指した当時の言葉である。だが渋沢はこの直後に、だからといって同情をもって臨まないのは甚だよろしくない、忠恕こそが人道だと続ける。現実を甘く描かずに事実として認め、そのうえで情を尽くせと求めるのである。理想論から出発する慈善は、現実に裏切られたとき冷笑に変わりやすい。相手の欠点を見たうえでなお手を差し伸べる姿勢こそが長続きするという、半世紀以上養育院を支えた人の実感がこもった順序である。
関連する章句
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『論語と算盤』成敗と運命・それ唯忠恕のみしかしながら彼らを自業自得の者なりとして、同情をもって臨まぬは甚だよろしくない。それ吾人の須臾も離るべからざる人道なるものは、ひとえに忠恕に存するものであるから、いずれもその職務に忠実にして、しかも且つ仁愛の念に富まねばならぬ。余はあえて彼らをあくまで優遇せよとは言わぬが、これに臨むに常に憐愍の情を欠いてはならぬと言うのである。
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『論語と算盤』成敗と運命・それ唯忠恕のみ仮に前者と後者とを対照して、そのいずれを執るかを諸氏に試問したならば、前者を執ることの最も賢く、後者を執ることの最も愚かなるを明答せらるることであろう。またよく世人が口癖のように運の善悪ということを説くが、そもそも人生の運というものは十中の一二、あるいは予定があるかも知れぬ。しかしながらたといこれが予定なりとしてみたところが、自ら努力して運なるものを開拓せねば、決してこれを把持するということは不可能である。愉快に事務を執りつつ一方に大なる災厄を招致すると、そのはじめただに天淵のみであるまい。諸氏もまた必ずその一方を捨てて他の一方を把持せられんことを熱望せらるるであろう。そうして諸氏が銘々その事業上に大なる趣味と大なる感興とを持たるると同時に、その内容の充実を期さねばならぬ。まして救済事業のごときは、その性質上注意の上にもなお一層の注意を払い、努めてその内容の豊富ならんことにおいて遺憾なきを期すべきである。
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『論語と算盤』成敗と運命・それ唯忠恕のみ諸氏はくれぐれもこの道を体得して、これを執務上に現実せねばならぬ。また医務に従事せらるる諸氏においても、収容の患者をもって単に自己研究の資料となすにこれ努むるならば、それは甚だ遺憾の極みである。研究さるるも程度問題であるから、絶対に悪いとは言わぬが、医員諸氏においては患者を治療するということが当面の義務と信じて勉励せらるることを望むのである。また看護婦の人々にあっても同様であって、患者へ対しては誠に親切に取り扱われたきものである。彼らには精神上欠陥する所が多い。社会の落伍者敗残者としてこれに同情するということが、前に述べた忠恕である。忠恕はすなわち人の歩むべき道にして立身の基礎、つまりはその人の幸運を把持することになるのである。
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『論語と算盤』仁義と富貴・防貧の第一要義余は従来救貧事業は人道上より、はたまた経済上よりこれを処理しなければならぬことと思っていたが、今日に至ってはまた政治上よりもこれを施行しなければならぬこととなったと思う。余の友人は先年欧州細民救助の方法を視察せんとして出発し、およそ一年半の日子を費やして帰朝したが、余もこの人の出発については多少助力した点から、帰朝後同趣味の人を集めて、その席上に報告演説を依嘱した。その人の語る所を聞いて見ると、英国のごときはこの事業完成のために、ほとんど三百年来苦心を継続して、今日わずかに整備するを得た。また「デンマルク」は英国以上に整頓しているが、仏、独、米なぞは、今や各自各様に細民問題に力を注いで、一寸の猶予もないとのことである。そして海外の事情を見れば見るほど、久しい以前より自分どもが力を注いでいた所に力を入れているように思われる。
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみその結果として貧富の懸隔を生ずるものとすれば、それは自然の成り行きであって、人間社会に免るべからざる約束と見て諦めるよりほか仕方がない。とは言え、常にその間の関係を円満ならしめ、両者の調和を図ることに意を用うることは、識者の一日も欠くべからざる覚悟である。これを自然の成り行き人間社会の約束だからと、その成るままに打ち棄て置くならば、ついに由々しき大事を惹起するに至るはまた自然の結果である。ゆえに禍を未萌に防ぐの手段に出で、よろしく王道の振興に意を致されんことを切望する次第である。
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『論語と算盤』常識と習慣・親切らしき不親切世間には冷酷無情にしていささかも誠意なく、その行動の常に奇矯不真面目なものがかえって社会の信用を受け、成功の栄冠を戴きいるに、これに反して至極真面目にして誠意篤く、いわゆる忠恕の道に契ったものがかえって世に疎ぜられ落伍者となる場合がいくらもある。天道は果たして是か非か、この矛盾を研究するのは誠に興味ある問題である。思うに人の行為の善悪は、その志と所作と相まって較量せねばなるまい。志がいかに真面目で忠恕の道に契っていても、その所作が遅鈍であるとか、放僻邪肆では何にもならぬ。志においてはあくまで人のためになれかしと思っていても、その所作が人の害となるようでは善行と言われぬ。昔の小学読本に、「親切のかえって不親切になりし話」と題して、雛が孵化せんとして卵の殻から離れずに困っているのを見て、親切な子供が殻を剝いてやった所が、かえって死んでしまったという話があるが、孟子にもこれと同じような例がたくさんあったように記憶する。
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