論語と算盤 / 成敗と運命・それ唯忠恕のみ
併しながら彼等を自業自得の者なりとして、同情を以て臨まぬは甚だよろしくない、夫れ吾人の須臾も離るべからざる人道なるものは、一に忠恕に存するものであるから、孰れも其の職務に忠実にして、而して且つ仁愛の念に富まねばならぬ、余は敢て彼等を飽くまで優遇せよとは言はぬが、これに臨むに常に憐愍の情を欠いてはならぬと云ふのである
書き下し
しかしながら彼らを自業自得の者なりとして、同情をもって臨まぬは甚だよろしくない。それ吾人の須臾も離るべからざる人道なるものは、ひとえに忠恕に存するものであるから、いずれもその職務に忠実にして、しかも且つ仁愛の念に富まねばならぬ。余はあえて彼らをあくまで優遇せよとは言わぬが、これに臨むに常に憐愍の情を欠いてはならぬと言うのである。
現代語訳
しかしながら、彼らを自業自得の者だとして、同情をもって接しないのは甚だよろしくない。そもそも我々が片時も離れてはならない人の道は、ひとえに忠恕にある。だから誰もが自分の職務に忠実であり、しかも仁愛の念に富んでいなければならない。私はあえて彼らをあくまで優遇せよとは言わない。ただ、接するにあたって常に憐れみの情を欠いてはならない、と言うのである。
解説
渋沢が半世紀以上にわたって院長を務めた東京市養育院での訓話である。当時二千五百人あまりの困窮者を収容していた。彼は現実を糊塗しない——その多くはいわゆる自業自得だ、と書く。そのうえで、だから同情しなくてよいということにはならない、と続ける。優遇せよとは言わない、ただ憐れみを欠くな、という線の引き方が実務家らしい。同じ章では医師にも釘を刺している。収容患者を自分の研究材料にすることに努めるなら遺憾の極みで、治療こそが当面の義務だ、と。忠恕は理念ではなく、現場の職務態度として語られている。
この章句が説くこと
それ唯忠恕のみ養育院自業自得憐愍の情