自警録 / 第二十七章 夢の実用・夢もまた人生の一部
しかし夢もまた人生の一部である。ほとんど夢なきの人生はない。かりに「聖人夢なし」という句が本当なりとするも、世人ことごとく聖人ならざる以上は、やはり夢は人生に添えるものである。もし実際ならざることを夢と称するならば、未来も理想もすべて夢であるといわねばならぬ。しかし折々はかえって夢のほうが、普通にいう実際よりも、なお実際なることがある。明らかに夢見ているときでも 「これは本当であろうか」 「夢ではあるまいか」 と疑うことは、普通に人のいうところである。しかるに実際の場合にもことさらにその実際なることを感ぜしむるときは、「夢ではないか」と思う。 かりに日常普通に起こらぬ、人生のうわっつらでない事実が起こったとする。たとえば不幸の上に不幸が重なり、火災に罹った上に親を喪うとか、子を失うとか、あるいは自分が急病にかかるとか、すなわち人生のあらゆる苦しみが、一時に襲い来たるときはこれぞ人生の実際の実際たるゆえんであって、すなわち人生の蓋を除けて底に達したようなときである。人はかかる場合に会うと、これは夢ではないかと思い、夢であれかしと祈る。
書き下し
しかし夢もまた人生の一部である。ほとんど夢なきの人生はない。かりに「聖人夢なし」という句が本当なりとするも、世人ことごとく聖人ならざる以上は、やはり夢は人生に添えるものである。もし実際ならざることを夢と称するならば、未来も理想もすべて夢であるといわねばならぬ。しかし折々はかえって夢のほうが、普通にいう実際よりも、なお実際なることがある。明らかに夢見ているときでも 「これは本当であろうか」 「夢ではあるまいか」 と疑うことは、普通に人のいうところである。しかるに実際の場合にもことさらにその実際なることを感ぜしむるときは、「夢ではないか」と思う。 かりに日常普通に起こらぬ、人生のうわっつらでない事実が起こったとする。たとえば不幸の上に不幸が重なり、火災に罹った上に親を喪うとか、子を失うとか、あるいは自分が急病にかかるとか、すなわち人生のあらゆる苦しみが、一時に襲い来たるときはこれぞ人生の実際の実際たるゆえんであって、すなわち人生の蓋を除けて底に達したようなときである。人はかかる場合に会うと、これは夢ではないかと思い、夢であれかしと祈る。
現代語訳
しかし夢もまた人生の一部です。夢のない人生はほとんどありません。かりに「聖人に夢なし」という句が本当だとしても、世の人がすべて聖人でない以上、やはり夢は人生に添えられたものです。もし現実でないことを夢というなら、未来も理想もすべて夢だと言わねばなりません。けれども、ときにはかえって夢のほうが、普通にいう現実よりも、なお現実であることがあります。はっきり夢を見ているときでも 「これは本当だろうか」 「夢ではあるまいか」 と疑うのは、普通の人が言うところです。ところが、現実の場合にも、ことさらにその現実であることを感じさせられるとき、「夢ではないか」と思うものです。 仮に、日常普通に起こらない、人生の表面ではない事実が起こったとします。たとえば、不幸の上に不幸が重なり、火災に遭った上に親を亡くすとか、子を失うとか、あるいは自分が急病にかかるとか。つまり、人生のあらゆる苦しみが一時に襲ってくるとき、これこそ人生の現実の現実たるゆえんで、いわば人生の蓋を取りのけて底に達したようなときです。人はこのような場合に遭うと、これは夢ではないかと思い、夢であってくれと祈るのです。
解説

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