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論語と算盤 / 教育と情誼・孝らしからぬ孝

然るに老母は如何にも悦ばしさうに嘻々として、信濃の孝子が言ふま〻に能く忰の世話をして遣るので、近江の孝子は誠に不思議なこともあればあるものと驚いてるうちに、信濃の孝子は足も綺麗になつて炉辺に坐つたが、今度は又あらうことか有るまいことか、足を伸して、大分疲れたから揉んで呉れと老母に頼むらしい模様である、それでも老母は嫌な顔一つせず揉んで行つてるうちに、はる〴〵近江からの御客様があつて、奥の一ト間に通してある由を信濃の孝子に語ると、そんならば御逢ひしやうとて座を起ち、近江の孝子が待つてる室にノコ〳〵やつて来た。

書き下し

しかるに老母はいかにも悦ばしそうに嘻々として、信濃の孝子が言うままによく倅の世話をしてやるので、近江の孝子は誠に不思議なこともあればあるものと驚いてるうちに、信濃の孝子は足もきれいになって炉辺に座ったが、今度はまたあろうことかあるまいことか、足を伸ばして、だいぶ疲れたから揉んでくれと老母に頼むらしい模様である。それでも老母は嫌な顔一つせず揉んで行ってるうちに、はるばる近江からのお客様があって、奥のひと間に通してある由を信濃の孝子に語ると、そんならばお逢いしようとて座を立ち、近江の孝子が待ってる室にのこのこやって来た。

現代語訳

ところが老母はいかにも嬉しそうににこにこして、信濃の孝子の言うままによく息子の世話をしてやるので、近江の孝子は、まことに不思議なこともあればあるものだと驚いていた。そのうちに信濃の孝子は足もきれいになって炉端に座ったが、今度はまた、あろうことか、足を伸ばして、だいぶ疲れたから揉んでくれと老母に頼んでいるらしい様子である。それでも老母は嫌な顔ひとつせずに揉んでやっていたが、そのうちに、はるばる近江からお客様が来て奥のひと間に通してあることを信濃の孝子に話した。すると信濃の孝子は、それならお会いしようと座を立ち、近江の孝子が待っている部屋へのこのことやって来た。

解説

信濃の孝子の振る舞いはいよいよ度を越し、疲れたから足を揉んでくれと老母に頼む。ところが道話は、その老母が「如何にも悦ばしさうに嘻々として」世話を焼いている姿を書き落とさない。ここがこの話の鍵である。近江の孝子の目には息子の横暴としか映らないが、老母の側から見れば、息子の世話をすることが喜びになっている。同じ場面を誰の立場から見るかで、意味はまるで変わる。渋沢はこの対比を、後に示される信濃の孝子の答えに向けて丁寧に積み上げている。客が来たと聞いて「ノコノコやつて来た」という書き方にも、悪びれない自然さがにじむ。人の行いを評価するとき、行為そのものより、それを受ける側がどう感じているかを見なければならない。顧客や部下への気遣いが本当に相手の喜びになっているかを確かめる視点は、今の職場にもそのまま通じる。

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